ただのエロ
 


 最悪だ。バーナビーは震える息を吐きながら心の中で独りごちる。呼吸速迫、体温上昇、脈は転げるように早い。何をするにも彼の匂いが思考を妨げ、空気を吸うたび落ち着かなくてしょうがない。このままでは生活にも支障をきたしてしまう。
 
 発端は本日昼、ロッカールームでの一件だ。何の気なしに虎徹がトワレを付けるのを見て、その意外さに言及してしまった。普段ならば放っておくのになぜ今日に限って、と後悔してももう遅い。戯れの一言が運の尽きである。
「おじさんでも一応身だしなみに気を遣ったりするんですね」
 いつもの揶揄のつもりだった。虎徹がそのようなものをつけるとは思わなかったので、普段嗅いでいる匂いも整髪料やボディソープの類だと思っていたのだ。流線型のボトルは光を反射して美しく、仄かに水色がかった香水が中で揺らめいている。
「なんだー気になるのか?お裾分けしてやろう!」
 いらぬお節介かはたまた嫌がらせか、頼んでもいないのにシュッと彼の匂いが吹き付けられる。途端にまとわりつく柚子のトップノート。顔をひきつらせて罵倒したが、時すでに遅しだ。あとは四六時中ぴったりと虎徹が傍にいるようで、この有り様だった。口は災いの元という言葉を思い知る。
 
 終業時刻までは耐えた。デスクワークの最中、抱き締められている時と同じ香りがするのに肝心の相手はL字デスクの向こうで、他愛無い会話を持ちかけられるたび胸が急いてしかたなかった。苛立ちは人肌恋しさへ。それもやがて劣情に変わる。

 
 自宅へ辿り付くと、扉が閉まるか閉まらぬかのうちに虎徹のネクタイを掴んで引き寄せた。噛み付くようなキスにバーナビーの様子が普段と違うことに気付くも、その性急さを諌めることはせず舌先で構ってやる。欲情される心当たりもないため、溜まってたのかなと下世話なことを考えながらそっと頭を撫でた。たったそれだけの接触にすらバーナビーは過敏に身を震わせる。 夕食はお預けになりそうだという虎徹の予感は正しく、足をもつれさせながら寝室に雪崩れ込む。虎徹をベッドに突き飛ばしてからバーナビーはジャケットを脱ぎ、ブーツを脱ぎ、ズボンをも脱ぎ捨てた。眼鏡だけはサイドボードに置く。仕方なしに靴とベストを脱いでいた虎徹にシャツと下着姿のまま覆いかぶさり、またキスをせがんだ。
 
 
 
「今日は随分と敏感だな」
 髪を撫でた虎徹の指がそのまま耳にかかり、乾いた指先がその輪郭をつ、と辿る。それだけでバーナビーの身体はぞくぞくと快楽の予感を感じとり、あらぬ声が漏れそうになるのを必死に噛み殺した。虎徹はその反応を見逃さず、親指でゆっくりと内耳を犯す。短く息を吐いていた体が震え、悲鳴のような声が喉から立ち上った。
「っあ、ア」
「すげぇエロい顔。」
 まだ首から下には触れていないのに、まるで情交の最中みたく鳴くバーナビーを見て虎徹は笑みを深める。
 ちゅ、と額に口付けを落としてから、頭の横に添えていた手を首筋へと滑らせた。常よりも高い体温としっとりと吸い付くような肌に掌を這わせながら、ひくりと震える喉仏を指先で撫でてやる。音を立てて唾液を嚥下し、バーナビーの物欲しげな目が虎徹を捕らえた。
 黒くぴったりとしたシャツの上からしなやかな筋肉を揉む。女のそれとは違いふくよかな感触はないのに、手に馴染む上質の筋肉は妙に触り心地がいい。鼻から抜けるような音を漏らすバーナビーは、掌が時折胸の突起に擦れるたびびくりと腰を揺らした。暫くは掌全体でそこを捏ね回していたが、やがて指先だけでその周囲を辿る。ふっくらと咲いたその周りをなぞられ、期待に薄く開いた唇からはだらしなく唾液が垂れる。肝心な個所には何一つ触れられていないのに、こんなにも熱を高めてしまう自らの体を呪った。
「バニーちゃん、ここがいいの?」
「うあっ!」
 つん、とそこを軽く弾かれると甘い声が漏れる。ねだるように胸を反らし、その頂を虎徹へ差し出した。指先は勿体ぶってゆっくりとそこを摘まむ。三本の指を擦り合わすようにして突起を弄り、バーナビーが高く啼くのを楽しんだ。
「あ、ああー…」
 開きっぱなしの口からは薄い唾液がたらたらと流れ、赤く尖った舌先が痙攣する。指先が齎す快楽に感じ入り、下をはしたなく濡らすのにも躊躇せずに腰を揺らめかせた。軽く引っ張ったり左右に転がしたりと突起をこねていた指先は、その先端をおもむろに引っ掻く。
「んあぁ!」
 強い刺激に体が跳ね、涙に濡れた緑の目が抗議の視線を投げ掛ける。虎徹は薄く笑んで赤く染まった耳朶をかじり、腕の中でびくびくと痙攣する体を押さえ付けながらしとどに濡れた下着へ手を伸ばした。
「なあ、なんでこんななってんの、ここ」
「あああっ!」
 ぐしゅ、と張り付いた布地越しに性器を擦られ、バーナビーは目の前が白くなるのを感じながら吐精した。耳に感じる熱い吐息と固い歯の感触。胸への愛撫だけで限界に達していたそこは、いともたやすく熱を放った。はあはあと荒い息を整えながらぼんやりとした目で虎徹を見上げる。その壮絶な色香に、虎徹は思わず息を飲む。
「お前、ほんとに今日どうした?」
「っれの、せいだと…」
 掠れる声で切れ切れに呟き、発端となった匂いを振りまく男を睨みつける。一日頭がおかしくなりそうだった。こんなに近くでさえその匂いをまともに嗅ぐことはないのに、直接虎徹のトワレを吹きかけられてはたまらない。
 早鐘が鳴る。耳元で鼓動が聞こえる。その肩口に頭を預けて、微かな汗と整髪料の入り混じった彼の匂いを嗅いだ。気が狂いそうだ。
「脱がせてください、はやく」
 濡れた下着がまとわりついて気持ち悪い。染みになった恥ずかしいボクサーパンツを取り去ってほしいと、白い足を擦り合わせながらせがむ。腰骨を掠めるようにゴムへ指がかけられ、その刺激にまたも体が震えた。とっくにおかしくなってしまっていたのだ。
 
 もう欲しくてたまらない。下着が取り払われると虎徹の上に乗り上げてキスを仕掛ける。熱い舌が欲しくて、開かれた口内へ自ら潜り込む。甘えるように前歯の裏を舐めると舌先を絡めとられ、バーナビーが望むように吸ってくれた。満足感にすすり泣くような声が漏れる。虎徹の腹に腰を押し付け、固くなった雄芯を擦り付けて鍛えられた腹筋を汚す。あさましいと恥じる理性はもはや持ち合わせておらず、発情した動物のように腰を振り立てた。咥内では甘く痺れるほどに舌を吸われ、気持ちよくてたまらない。
 バーナビーの乱れように虎徹は苦笑を漏らし、たしなめるようにぽんと腰をたたく。必死に擦り付けていた腰を止めて、バーナビーは渋々唇を離した。
「もっと…」
「ひとりでお楽しみはよくねーんじゃねーの、バニー」
 バーナビーは虎徹の言葉に虚ろな目を泳がせ、おずおずと腕を自らの後ろに回す。既に流れてきた先走りで濡れそぼっていた後孔をなぞり、躊躇いながら指を一本入れた。その内壁の熱さに思わずきゅっと締め付ける。自らの指が食い締められる感触におののき、普段うねるその器官で虎徹のものを受け入れているのだと今更に恥ずかしくなった。
「ん、ん、ぅ…」
 虎徹の熱を思い出しただけで内側がさざめく。鎖骨あたりに鼻先を擦りつけながら恐る恐る指を進め、ほぐすようにくにくにと動かした。指の動きに合わせて内壁は収縮し、バーナビーのはしたない前が蜜をにじませる。刺激がほしくてぐん、と指を突き入れた。いつも快楽を得る場所にその振動が届いて、甘く声をあげる。
「あっ…!はぁ…」
 ちゅぷちゅぷと指を食む後孔で独り遊びに興じるバーナビーを眺め、手慰みに腰を撫でながらつむじにキスを落とす。虎徹にはなにがなんだかわからないが、今日のバーナビーはすごい。自らの前で自慰に耽るなど、常からは考えられない。
「きもちいのはいいけどさ、それじゃ俺が入れねぇよ」
 やさしく髪を撫でながら、手伝ってやるそぶりも見せずに意地悪く囁く。バーナビーは虎徹の胸元から顔を上げ、それもそうかと指を一本増やした。震えながらゆっくりとそこを拡げ、指二本の形に後孔が変化する。問題なく注挿できるようになるまで動かしてから、薬指を入り口に沿えた。微かな痛みに思わず息を詰める。
「っふ、ぅ…」
 最低三本は入らないと、虎徹を受け入れるのは厳しい。中は解けているものの入り口の狭さはどうにもできず、指を含ませたままバーナビーは体を震わせる。
「つらいか?」
「も、できな…っ」
 虎徹の言葉に顔を上げ、こぼれそうなエメラルドに涙を溜めながら呟くと助けの手が伸びた。震えながら蜜を零すバーナビーの性器を人差し指で拭ってやり、それをそのまま後孔に伸ばす。既に埋め込まれた彼の指をなぞってからゆっくりと侵入を試み、バーナビーの耳にキスを落とした。
「口開けて息吐いてろ、な」
「うぅ、ふ……」
 言われた通り口で呼吸を繰り返し、微かな痛みを伴いながら虎徹の指が押し入ってくるのを受け止める。節くれた長い指はバーナビーが届かなかったところをいとも簡単に掠め、途端に悦んだそこが蠕動をはじめると圧迫感から解放される。後ろをいいようにされながら自ら埋めた指を抜くこともできず、はしたなく収斂するそこを感じたままただ声を上げるしかなかった。
「うああ、っんー、っあ!」
「そろそろいっかな…」
 ちゅぽ、と名残惜しげな音を立てて指が引き抜かれる。体を埋めていたものを失って後孔はわななき、新たな質量を求めた。
 虎徹は片手でバーナビーを支えたままスラックスを寛げる。取り出した性器はバーナビーからは見えなかったが、期待にひくりと喉が鳴るのを感じた。夢中で濡れた臀部を押し付ける。
「っはやく…!」
「焦んなって」
 虎徹も言うほど余裕はないらしく、探り当てるまでもなく亀頭に擦り付けられた蕾へゆっくりと割り入った。もっと上手に受け入れたいのにうまく呼吸ができず、急く気持ちだけを抱きながらぎゅっと虎徹の肩を掴む。
「ん、あ、あ…」
 きつく目を瞑って震えながら、待ちわびた熱が体内を満たすのを感じる。圧迫感を凌駕する充足感と快楽への期待に、自然と腰が揺らめいてしまう。切っ先さえ埋めてしまえばあとはすんなりと収まった。
 虎徹がゆっくりと腰を回す。じんと痺れるような快感が体を駆け抜ける。
「んぅっ…ぁ、きもち…」
 はあ、と熱い息を吐き出しながらうわごとのように呟いた。ずっと求めていた快感をやっと与えられて、バーナビーの身体は歓喜していた。
「は、あ、おじさ…おじさん…」
 ぎゅ、と両腕を首に回して抱きつきながら腰を振るのをやめられない。大きくは動けないが小刻みに擦られるだけでも気絶しそうに気持ちいい。しっとりと汗ばんだ肌が心地よくて腰に足を絡める。より深くなる結合に高く鳴いた。
「っああ!」
「…っ、すげーな、ほんと…」
 身も世もなく泣きながら乱れるバーナビーに虎徹も煽られ、尻肉を両手で開くように広げながら突き上げる。きゃんきゃんと鳴くその反応がいとおしい。中もぐずぐずに溶けて絡みついてくる。
「うあ、あ、いい…っ」
「こっち、だろ?」
 臀部を支え軽く腰を引くと指で掠めてやったところをめがけて揺さぶりかける。浅い上部、ふくりとしこったバーナビーのいい所を切っ先が擦り、虎徹の上で鳴く身体がますます乱れた。
「ああー…っ!あっ、だめ、あっう、そこ…!」
 唾液を垂らしながら必死に虎徹の肩にしがみつき、身の内で暴れる熱を逃がそうとする。先程吐精したばかりだというのにバーナビーの性器は高まりすぎて真っ赤に腫れ、しどけなく涙を垂らしていた。座ったままの繋がりでは普段ほど激しく突いてはもらえないのに、内に響くその振動だけでもうだめだった。
「も、いっちゃ…いっちゃう…!」
 虎徹にしがみつきながら耳元で泣き叫ぶ。ぐずるようなバーナビーをあやすこともせず、虎徹は一際強くその腰を引き落とした。
「ひぁ、あーー…!」
 目の裏が白く弾ける。体の奥で焼けるような奔流を受ける。ふるふると震えながら下腹部を汚し、バーナビーは極まった。同じくバーナビーの体内に欲を吐き出した虎徹はゆっくりと自身を引き抜き、汗ばんだ額にキスをする。
「なんかよくわかんねーけど、かわいかった…」
 くったりと虎徹の肩に身を預けたまま、バーナビーはやるせない気持ちで唇を噛みしめた。この期に及んで状況を把握していない相手と、くだらない悪戯のせいで一日熱に苛まれた自分への苛立ちで泣きたくなる。
 
「…ほんと…いいかげんにしてください…」
「えっ!よくなかったのか?すげぇ感じてたけど…痛っ!」
 デリカシーの欠片もない中年に力の入らない足でぽすりと蹴りをお見舞いし、バーナビーは皺の寄ったシーツに転がった。虎徹に背を向けて不貞腐れたように肩を丸める。全身を襲う倦怠感と眠気に苛立ちが加わって、空腹すら感じなかった。
「えーっと…飯でも作りましょうか…」
「当然です。っていうか中に出しましたよね」
「…風呂も入ろうか」
「早く準備してください」
 自分に非はない筈だと帰宅してからの言動を振り返りつつも、差し出された美味しい肉体をいいようにした自覚はあるのか虎徹は言われるがままに後始末の準備を始める。汗ばんだ髪に伸ばした手は振り払われなかったので、何度か梳いてからベッドを降りた。

 
 虎徹の身体がドアの向こうに消えてから、気怠い体で脱ぎ捨てられたままのベストに手を伸ばす。微かに虎徹の匂いを残すそれに鼻先を押し付け、ゆっくりと目を閉じた。
「全部あなたのせいだ。」
 向けた言葉はトワレにか相手にか。体温でまた少し濃くなった匂いに包まれながら、バーナビーは束の間の微睡に沈む。隣に虎徹はいないのに抱き締められている夢をみたのは、悪戯の恩恵だろうか。
 眠る口許がどこか幸せそうにほころんでいるのを虎徹が見つけるまで、あと15分。




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