持っていても構わないんだよ。どうせ君以外に使う人間もいないしね。この上司は常識人だと思っていたが、案外滅茶苦茶なことを言う。退社する人間が会社から支給されたものを返さない訳にはいかないだろう。少しばかり左手が寂しくなるが、僕だけが付けていても意味がないので。<手首>#同題ssTB


彼が最後に眠りにつく時、その隣には既に寄り添うべき人が決まっている。ひんやりと柔らかな土の下。この世の煩わしいことを全て脱ぎ捨て、清廉でからんと澄んだ音が鳴る姿になって、彼は愛した人の元へ行く。それまでの間、温かな褥で彼を独占するのはせめて許して欲しい。<眠り>#同題ssTB
 

肩をいからせ緑の目をぎらぎらと。毛を逆立てた猫の真丸い背中を思い出して苦笑が漏れる。腹立たしげに眉を寄せる様すらいとおしい。伸ばした手は容赦なく叩き落とされる。何をそんなに怯えることがあるんだ。俺はただ、お前をめちゃくちゃにかわいがりたいだけなのに。<背中>#同題ssTB


楓が初めてパパっつった時の俺の感動、わかる?愛娘が喋るの!あいつが出す声ならなんでも可愛いんだよ。赤ん坊だからあーとかうーとか、そんなんだけどな。脈絡なくまくしたてる声は、普段よりも心なしか上擦っている。それで? なあ、バニー…もっかい俺の名前、呼んでくれね?<声>#同題ssTB


たかが布一枚?馬鹿言ってないで離して下さいいい加減にしろ暑苦しい!いやそういう意味じゃない、風邪ひくでしょう馬鹿なんですかあなた。そりゃ僕は普段アンダーウェアのみで寝ていますが全裸で寝たことなんて一度もありません。ほらちょっとベッドの下のを拾うだけですから!<全裸>#同題ssTB


世界中の時計が速度を落としたように、時がゆっくりと流れる。減速するメリーゴーランドを眺めているようだ。新緑の眸が目蓋に隠されて、長い睫毛が頬に影を落とす。互いの間に引力を感じる。頬をゆっくりと撫でて、額を合わせて。ああでも、お前の眼をずっと見ていたい。〈まばたき〉#同題ssTB


こっちに来ないで!そうじゃない、やっぱりきつく抱き締めて。揺れることの無いよう押し殺していた感情が、彼と出会って急に息を吹き返した。カンカンとせわしなく鐘を打ち鳴らすこの胸は、怒ったふりをしていても喜びに震えている。聴いてほしかった、届いてほしかったんだ。<鳴らす>#同題ssTB


もー俺清掃員とかになるわ。はは、万が一落ちても安心!ってな。ばか、お姫様抱っこはもういいよ。泣きそうな顔で笑うのは素直に泣けない意地っ張りな大人の癖。お前んちのでっけぇ窓拭きに行こうかなァ、なんてやめて下さい。引き摺り込んで命綱むしりとって、帰れなくしてやる。<窓>#同題ssTB


身を焼く程の憎悪を、夜毎見る悪夢を、どうして忘れることができるだろう。泣き喚くのには初めの数日で飽きたので、後は黙っていた。慟哭を喉の奥で殺し、手を足を動かした。耳を劈く呪詛を聞きたくなかったのは僕自身かも知れない。ぶつける先もない。引き出したのはこの男だ。<蛇蠍>#同題ssTB


食に目覚めたらしい相棒は旬の食材について目下勉強中であり、本日のメニューは菜の花のパスタだった。俺としてはお浸しも捨てがたいのだが、バニーにはパスタの方が馴染みやすいだろう。黄色い花畑を夢想しながら粛々と旬を噛みしめる様を見守る。ほら、バニー。春の味だよ。<食べる>#同題ssTB


空は繋がっているなどと言ったのはどこの空想家だ。そんなのはちっとも現実的じゃないとコートの襟を立てながら憤慨する。冷えた耳にいたずらに触れる少しささくれだった指先も今は遠く、懐かしさに胸が詰まる。冴え冴えとした空に白い息がひとつ溶けて、バーナビーは独りだった。<空>#同題ssTB


世界で二人だけ、互いだけが共鳴し合う。走る筋電位、パルス。迸るようなパワー。どこから来たか、どこへ行くのか。青く浮かび上がる燐光は寄り添って、流れるように夜を駆ける。邂逅に魂が歓喜した。光が縺れ合う様は求愛ダンスのようだ。リミットは五分間、二つの鼓動が走る。<走る>#同題ssTB


太陽のような人柄に反し、その眸は月の輝きを放っていた。飴色の虹彩を細められると、何故だか泣きたくなる。迷い子が親を見付けた時と同じ反応か。やさしい月光はいつも僕を導いた。寄せられる温度のない視線の中でたった一対、あたたかな金のまなざしを手繰ったように。<金>#同題ssTB


口やポーズでいくら謝ったところで意味がない。悪いことをしたなという意識はあれど彼の中でその正当性は揺らがないのだから。無茶しないで、心臓が壊れそうだ。機嫌を取りたいのならそんなに遠くにいないで抱き締めてくれればいいのに、彼の謝罪は論点も方法も間違っている。<土下座>#同題ssTB


   

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