レースのカーテン越しに柔らかな光を浴びて、バーナビーは金の睫毛を持ち上げる。一枚布を隔てた朝陽は温かくバーナビーを包み込み、一日の始まりを知らせた。
 夏の暑さはすっかりと引いて、夜明けはとんと冷えるようになった。ガラス越しの陽射しなど本来であれば冷え性の体を温めるには荷が重い筈だが、視覚的に降り注ぐそれは夜半に冷えた鼻の先や頬を僅かに温かくした。光の届かない爪先は隣で眠る足に絡ませる。体温の高い体はうう、と呻り声を上げたものの目覚める様子はなく、僅かに寝返りを打つにとどまった。いつもだらだらと眠っているのは自分の方なので、眠る相手を見つめるのは少しだけ新鮮だ。
 殺風景なブラインドよりも、とカーテンを好んだのは虎徹だった。二人で何とはなしにぶらついていたインテリアコーナーで、突如カーテンを買おうと言い出した時は驚いた。結果的に布越しの陽光はバーナビーの弱い眼にやさしく、こんな穏やかな朝を迎えられるようになったのでよかったのだけれど。
 眼鏡をかけない視界はなにもかもがぼやけて曖昧だ。UVカットのレースにその役目を任せて、緑の目は紫外線に怯えることなく滲んだような視界の半分を占める黒い頭を眺める。規則的に膨らむ背中と微かないびきに、覚醒しきらない頭が輪郭の曖昧ないとおしさだけを募らせてゆく。
 バーナビーを現実に引き戻したのは、携帯電話の着信を知らせるバイブだった。出動などの緊急の通信であればPDAに入る筈なので、別段焦ることなく手を伸ばす。液晶に映った名前は、バーナビーの頬をほころばせるものだった。
 
 
「はい」
「おはよう、バーナビーさん!寝てた?」
「おはようございます、今起きたところですよ。どうしました?」
「よかった!じゃあ、今日遊びにいこうよ!」
 電話の相手はドラゴンキッドことホァン・パオリンだった。快活な少女は声だけでも電話の向こうの笑顔が伝わってくるような楽しげな口調で続ける。
「ダウンタウンにできた新しいテーマパークに行ってみたくて。折紙さんもいるよ!」
「今日ですか?」
「うん、忙しい?」
 彼女の陽気につられるように頬を弛めながら隣で眠る虎徹を見遣り、いいえ全然、と楽しげに答える。電話の向こうでパオリンが嬉しそうに息を弾ませた。
「じゃあ決まりだね!今が八時過ぎだから、十時くらいにゲート前でいいかな?」
「ええ。しかし折紙先輩も随分と早いですね」
「ランニングしてたらばったり会ってゲットしたんだよー!」
「なるほど」
 一時ほどの過密スケジュールではないにしろ、バーナビーに当日の誘いを何の臆面もなく持ち掛けてくる人間は少ない。不快感を与えることなくそれができてしまうのは彼女の人柄か、築き上げた関係ゆえか。彼女の隣であわあわと顔を青くしているであろう先輩を思い、バーナビーはまた口許を弛める。
 肩肘張らずにフランクな付き合いをしてくれる友人は貴重だった。これまでにも突如電話が掛かってきては、新しいフレーバーのアイスを食べに行こうだの、動物園にパンダがきただのと連れ出されたものだ。兄弟のいないバーナビーにとって、無邪気に自らを慕ってくれる小さな友人は素直にいとおしかった。
「よかったー、楽しみだな!」
「そうですね。では、十時にゲート前で」
 花が咲くような明るい声を耳に残し通話を切ると、いつの間にか起きたらしい虎徹が頬に枕の跡をつけながらバーナビーを見ていた。寝起きの良い彼もここのところのハードワークが祟ってか、どことなくぼんやりとした顔をしている。
「どっか行くのか?」
「ええ、ドラゴンキッドたちと遊園地に」
「そりゃあいいなあ」
 ふああ、と欠伸をしながら虎徹は目を細める。バーナビーの柔らかな声と表情から、通話の相手が誰なのか大体の察しはついていた。初めは誰とも打ち解けようとしなかった彼も、今では他の仲間たちと個人的な付き合いを持つまでになった。ヒーローに復帰してからはなおのこと、繋がりを大事にしようという思いが生まれたらしい。
 パオリンやイワンといった年下の相手と接するバーナビーは、意外なほど穏やかな顔をしていた。生来真面目な彼は面倒見もよく、彼女たちから慕われるのに時間はかからなかったように思う。以前相手にした市長の息子ほど赤子となるとさすがにどう接したものかわからない様子であったが、子供が嫌いというわけではないようだ。
「一緒に行きますか?一時間後にダウンタウン地区」
「いや、おじさんは遠慮しとく」
 招き寄せたバーナビーの額におはようのキスを落として、バーナビーがそれを無精髭の頬に返す。顔色を変えずに交わされる応酬にどこか感慨深い喜びを感じながら、虎徹はひらりと手を振った。
「若者たちで楽しんできなさい。楓と行くかもしれないから、どんな感じだったかレポートしてくれよな」
「あなたの娘さん今年いくつだと思ってるんですか。もう親でなく友達と行く歳でしょうに」
「っだ!歳なんて関係ねーだろー!そういうこと言わない!」
 途端に喚き声をあげる虎徹にしょうがない人だと笑みを浮かべながら、バーナビーは温かなベッドを降りる。交通渋滞の可能性を考えれば家を出るまでにそう猶予はない。なんといっても休日なのだ。



* * * * * *



 ゲートの混雑も中に入れば少しは紛れるかと思いきや、出だしからその期待は裏切られた。まず真っ先に目に入る大きな噴水と花壇の前は、記念撮影に興じる人の群れでごった返している。遠目に見えるコースターなどは最早どこから並んでいるのかわからない。溢れる人の波に今すぐ帰宅して虎徹の隣に潜り込みたい気分になったが、来てしまったからにはもう遅い。体温でよく温まったシーツに思いを馳せながら、持参したガイドブックを凝視する年下組を見遣る。
「まずはアレだよね」
「心得ているでござる」
 ぶつぶつと呟きながら二人は折込みの地図をぐるぐると回し、現在地の把握に努めている。目ぼしいアトラクションを見付けたのだろうか、とバーナビーが近寄ると、パオリンが威勢よく雄叫びをあげた。
「あった!!あっち!」
 びし、と人差し指の示した方向へ従うと、露天のような風体のギフトショップが並んでいた。こういう土産物は最後に買うべきでは、とバーナビーが解せない顔をする。その表情にイワンとパオリンは顔を見合わせ、バーナビーの両腕をがしっと抱えた。
「バーナビーさん知らないの!?」
「夢の国へは耳を付けないと入れないんでござるよ…!」
「みみ…?」
 バーナビーの困惑をよそに両脇の二人はどんどんと歩を進め、賑やかなショップの並びへと彼を連れ込んだ。棚に陳列されているのは、なるほど耳だった。カチューシャタイプのものが主だったが、中にはクリップで直接髪に留めるタイプのものもある。種々雑多な動物がカラフルな耳を提供している様はどこか壮観だ。
「ほら、見て下さい。皆耳を買っていくでしょう」
「そして付けてるでしょっ?」
「なるほど……いや、でも僕帽子が」
「だ〜いじょうぶ!」
 パオリンの力強い声に呼応するように、イワンがむんずと斜め前の帽子を掴んで差し出す。着ぐるみの頭部と言ったらいいのか、それはもう耳というよりも最早頭だった。
「あったかそうですよ、バーナビーさん」
「よかったね!カチューシャは耳の後ろ痛くなるし、眼鏡とダブルだとつらいもんね!」
「いえ、僕は…」
「あっ、バーナビーさんならこっちのピンクの方がよかったかな?」
「これは失礼、そういえばスーツの色もピンクでござるな!」
 目をきらめかせてピンクの帽子を押し付けてくる二人に、げんなりした顔でバーナビーは青い方の帽子を受け取る。耳がびろんと垂れ下がり、その下に人間の耳を覆うように耳当てがついている。耳当ての先にはファーの玉がついた紐が揺れる。
 どう言葉を尽くしても耳を生やさねば事態は収束しそうにない。
「…青の方でお願いします……。」
 歓声を上げる二人にがっくりとうなだれながら、バーナビーは青い頭を今日のお供に決めた。
「というか、なんだこの生き物は…」



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