03.
俺がその日解放されたのはもう夜遅くのことだった。
「失礼しました」
軽く頭を下げると、重い足取りのまま自室へ向かう。薄暗い廊下は今にも俺を飲み込みそうで、情けないことに足が震えた。
「なに、やってんだ俺は……!」
半ば自分の身体を引きずるようにして自室にたどり着く。直ぐにでも寝てしまいたいのに、目を瞑ると鮮明すぎるほどに二人の最期が頭の中を駆け巡る。胃の中にはほとんど何もない筈なのに、不快感がこみ上げる。慌ててトイレへと駆け込み、胃液だけになるまで何度も何度も嘔吐を繰り返した。
いったん落ち着いたところで、顔を洗う。鏡に映った俺はなんとも言えないほど無様で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
どんどんっ、と少し乱暴にドアが叩かれる音がした。気のせいかと思ったが、一定の間隔をおいてまた、どんどん、と音がする。そして、耳を澄ませば、聞き慣れた声。
「檜佐木ーっ、いるんだったら開けて」
嘘、だろ?
「おーい、寝ちゃったの?」
頭で考えるより先に体が動く。勢いよくドアを開けると、驚いた顔をしたみょうじがいた。
「なんだ、いるじゃん」
ふにゃりと笑ったみょうじは俺の了解を得る前にするりと脇を抜け部屋へと転がり込んだ。
「檜佐木ってばなに突っ立ってんの」
「お前なぁ……」
「ほら、こっちおいで」
ぽんぽんと自分の横に座るように促す。
「俺の部屋だぞ」
「うん、知ってる」
俺が隣に座ったのを確認すると、満足気にうなずいた後、急に神妙な顔付きになった。
「ねぇ、檜佐木」
「んだよ」
「泣いても、いいんだよ」
「なに言って……!」
刹那、ふわりとみょうじの腕が俺の背中に回される。みょうじが俺を抱きしめていると分かるまで、しばらくの時間がかかった。
「好きなだけ、泣いていいから」
きゅ、と回された腕に力が入るのが分かる。
「ばか、泣きたくなんかねえよ」
「うん、」
「余計なお世話なんだよ」
「うん、」
「泣いてる暇なんかねぇんだよ」
「うん、」
「だからっ、……」
それ以上、言葉が続けられない。堰を切ったようにいろんな感情が押し寄せる。嗚咽をこらえようにもどうすればいいのか分からない。
「今日だけは、見なかったことにしといてあげる」
優しく発せられたその声にすがるようにして俺はただただ泣き続けた。俺は無力でなにもできないけれど、それでも前へと進んでいかなければならない。あいつらのためにも、そしてもちろん、俺自身のためにも。
「ありがとうな、みょうじ」
いつも俺はお前に助けられてばかりだ。