【私の全てを奪って抱いて】


バーの個室のトイレで今聞こえているのは店内から漏れているジャズの音楽と、私と目の前の男の人が舌を絡ませて響いている音。


「ちゅ、はぁっ、ねぇあなたの名前は…?」

「んっ、俺はっ…」

「やっぱりいい、これ続けてっ…」


名前を聞こうと思った。だって私は名前も知らない男の人とキスして舌を絡ませてる。3月末のまだ寒さが残る頃、引っ越してきた街のバーに来た。一人でバーに来るなんて初めてだったのでドキドキした。オシャレで静かなバーと言うよりはカジュアルで軽い軽食もあるバーだ。それなりに人も入っていて店内は程よく環境音が流れていた。カウンターに座って1杯目のお酒を飲んでいるときに同じカウンターの端の方に座る男の人と目が合った。店内のの控えめのライトの中でキラキラ輝く黄色い髪に同じく光が宿っている夕陽みたいな瞳。私は数秒目線を合わせたまま動けなくなったけどハッとして目を逸らす。目の前にあるグラスに入っている初めて飲むカクテルを多めに流し込めば喉が熱くなり少し後悔する。自分が来るにはこういう場所はまだ早すぎた。じっくり時間をかけてカクテルを飲み干し、トイレに行って来たらすぐに帰ろうと決めた。席を立ちトイレまで繋がる通路を進みドアを開けようとしたときに中から人が出てくる。先程目が合った男の人だ。私は彼が出やすい様に一歩手前に身体を引く。そうすると軽く会釈をして彼が通り過ぎようとする。だけど私は彼の腕を引き彼を引き止めた。振り返り私を見る彼の表情は驚いていなかった。私がトイレの中へと彼を引きずり込もうとすると同時に彼も私を押し込む様に肩を掴んでくる。
それから大人のキスをはじめた。深い考えなんてないけど夢中になって唇をくっ付けて離して舌を絡めた。すると突然ポケットに入れてある携帯が着信を告げる音を鳴らしてハッとしてお互い唇と体を離す。


「んはぁ…私その帰る…」

「待て!」


そう告げてトイレを出てバッグから慌てて財布を取り出しお会計をする。彼は追いかけて来なかった。その隙にバーを足早に去る。鳴っていた携帯を手に取ると母親からの着信があった通知が表示されている。ロックを解除して母親に電話をかけ直す。


「お母さん?うんごめん連絡し忘れてた。新しい町を散策してたらちょっと遅くなっちゃった。今から帰るね。」



ーーーーーーーーーーーーーーー



今日は引っ越して来てから高校の初めての登校日。この春高校3年生になると同時に引越しが決まった。新しい土地で知り合いもいない。心は引っ越す前から退屈していた。そんなときにひょんなことから夜遊びでもしてみようと思った。大人びたメイクをして髪を巻いて、こっそり姉の保険証を持ち出して服も拝借し身に纏いバーに入った。店員は年齢確認をしてきたけど保険証を出せばすんなり案内してくれた。お酒を飲むのは初めてではなかった。前の学校で友達と悪ふざけして飲んだことがあり、みんながすぐに頭が痛くなったり酔ったりする中私は意識もハッキリしていたし全然酔わなかった。なので自分がお酒が強いと思い事前に調べたカクテルを少し緊張しながらオーダーした。だけど強いお酒だったみたいで頼んですぐ後悔した。それにやっぱり居心地悪く感じてソワソワしていた。そんな中あの人と…。あんな大人なキスは初めてだった。大人とキスするのも。何であんなことしたんだろう。何にも考えてなくて本能だけで行動した感じだった。火遊びが過ぎて怖気付いて慌てて逃げた。刺激を求めてたにしてもやり過ぎたと今は後悔している。新しい生活が始まり受験も控えてる身だ。しっかりしなければ。そう思ったところなのに。


「さぁ今日も授業を始めるぞ!」


今日の最後の授業は歴史だった。勢いよく入ってきた歴史の先生は先日バーで会った男の人だった。冷や汗が出た。どうしよう、未成年なことがバレる。受験もあるのに停学になるかもしれない。


「このクラスには新年度から転校生が居るようだな!苗字名前さんはどこの席だ!」


不安が襲ってきたときに追い討ちをかける様に名前を呼ばれる。このまま無視するわけにはいかない。私はおずおずと手を挙げれば先生が目を合わせる。一瞬だけ目を見開いたかと思えばすぐに笑顔を向けてくる。


「俺は歴史の教師の煉獄杏寿郎だ!よろしく頼む!では今日はこのページから…」


煉獄先生はそのまま授業を始めた。あれ、もしかしてバレなかったのか…?あの夜と違ってメイクもしてないしわからなかったのかもしれない。それならいいのにと願いながら私は何とか本日最後の授業を終えた。
下校の前に職員室に担任から親に渡さなきゃいけない書類を取りに行った。職員室には煉獄先生も居たがこちらを気にする様子はなかった。きっとあの日の私と思っていない気付いていないんだ。ホッとしながら職員室を出て誰もいない廊下を歩いていると後ろからいきなり腕を掴まれる。驚いて掴んできた人物を見ればそこには怖い顔をした煉獄先生が居て早歩きで私を引っ張れば小さめの空き教室の様な場所へ入れられる。ドアと鍵をしっかり閉めると私の方を振り返る。


「どういうつもりだった…」

「どういう…?」

「君はまだ未成年だ。どうしてあそこに居た。」

「メイクして姉の服を着て姉の保険証を持ち出してバーに行った。」

「何故そんなことをした。普段からそうしているのか?」

「バーに行ったのははじめて。お酒を飲んだのははじめてじゃない。」


まるで尋問みたい。私だとバレたくなかったのに、バレたらバレたで私は冷静に煉獄先生の質問に淡々と答えられていた。慌てるどころか私だと気付いてくれたことが嬉しく感じてしまった。


「私は年齢を誤魔化して飲酒しました。そして自分の学校の先生とキスしました。親と校長に言って停学にしますか?」

「俺を脅しているのか…?」

「違います。あのキスを思い出しているだけです。」


煉獄先生は怒っている。私は怒られている。なのに頭でもおかしくなったのか、私は今あのときのキスをあのときの熱を思い出していた。


「バーであったことは誰にも言わない。俺も、君もだ。君はまだ子供だ。受験も控えている。二度とあんな事をするな。」


そう言って背中を向け鍵を開けている煉獄先生の背中にそっと寄り添う様に身体をくっつける。彼の体温にまた触れられて嬉しい。彼の鍵を開けていた手は止まっていた。その手がこの前見たく私に触れてくれればいいのに。


「二度とってどのことですか、飲酒ですか?キスですか?」


「……もう帰りなさい。」


ドアをガラガラと開けて去っていく煉獄先生。私は取り残されて離れていった煉獄先生の体温を必死に覚えようとしていた。忘れたくなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



あれから煉獄先生が何かを言ってくることはなかった。授業中に質問してみても授業以外で話しかけても他の生徒と変わらない対応をされた。煉獄先生が女子生徒に囲まれているのを遠目に見ていて、そんな私に気付いた煉獄先生が目を合わせてくるもすぐに逸らされる。きっかけが欲しくてクラスの歴史係になるも今のところ何にも起こっていない。


「煉獄先生、みんなのノート集めて来ました。」

「うむ!ありがとう苗字少女!重かっただろう!」

「いえ、大丈夫です。」


職員室にいる煉獄先生は椅子から立ち上がり私の手からノートを受け取った。そのとき少しだけ手が触れ合った。ほんの一瞬、煉獄先生の指が私の指をなぞった気がする。けどすぐに手は離れていく。


「気を付けて帰りなさい!」

「…はい、さようなら。」


小さくそう言って私は職員室から去る。もう煉獄先生はあの出来事すら忘れているかもしれない。そう思うととても悲しかった。
それから高校最後の一年はあっという間に過ぎて、私と煉獄先生の間には本当に何にも起こらなかった。何も起こらなくても学校がある日は毎日姿を見ることができた。でも触れられないのは寂しく感じた。また近くで煉獄先生を感じたかった。それがもうできない私はこの一年たくさん煉獄先生を目に焼き付けた。それも今日で終わりだ。卒業式が終わりたくさんの生徒に囲まれ写真や卒業アルバムのメッセージを書いてとせがまれている煉獄先生。私はまた遠目にその光景を見つめていた。そうしていると友達がみんなで煉獄先生に卒業アルバムに書き込みしてもらおうと言いながら私の腕を引いた。


「先生ー私たちにもメッセージ描いてー!」

「あぁもちろんだ!卒業おめでとう!」

「あーみんなに書いてること同じじゃん!」


友達に紛れてアルバムを差し出せば笑顔でスラスラとメッセージを書いてくれた。どうせ他のみんなと変わらないことが書かれてるんだ。大学でも頑張れ!とか未来に向かって走れ!とか。見なくてもわかる。確認することなくその場で勢いよくバタンっとアルバムを閉じる。周りの友達や煉獄先生がギョッと驚くも関係ない。どうせ今日でみんなとはお別れなんだ。煉獄先生とも。


「さようなら煉獄先生。」


吐き捨てる様に強くそう言えば走ってその場を去る。その日の夜私は泣き疲れて寝てしまうまでずっと涙を流した。私は煉獄先生が好きだった。あの夜から夢中になっていたんだ。もしかしたらドラマの様に教師と生徒という関係を超えられるかもしれない。あの日の夜の様にまた何か起こるかもしれない。そう思いそう願いながら毎日を過ごした一年間は終わってしまった。これからは姿を見ることすらできない。私の愚かな恋は終わったのだ。学園を卒業したと同時にこの恋からも卒業しよう。



ーーーーーーーーーーーーーーー



あの恋から卒業しようと決めたのに私は大学に通い始めて2年経った今でも惨めに失恋を引きずっていた。男の人とそんな機会があっても気が進まずに何も起こらなかった。そんな私も21歳になり成人した。今だったら煉獄先生にも女として見てもらえるのかな。出会ったときのことを思い出す。そういえば今日みたくまだ寒い3月の末頃だった気がする。煉獄先生に会いたい。学園に行けば会えるんだろうけど卒業生が用もないのに学園に行くのは変だ。そう言い聞かせて毎日自分の気持ちを押し込んでいた。ベッドに流れ込むように倒れる。ため息をついて目の前にある本棚をぼぉーと眺めていると、卒業式の日以来開くこともなかった卒業アルバムが目に入る。その中に教員の写真が載っているはずだ。煉獄先生の写真がある。その写真を見たくて起き上がりアルバムを手に取る。ページを開いて教員の紹介ページを開き煉獄先生の写真を見つける。派手な髪色に凛々しい顔つき。指先で写真をなぞると切ない気持ちが込み上げた。そういえばメッセージなんて書いてもらったりしたな。最後の方の寄せ書きのページを開くとヒラッと小さめの紙が落ちて来た。なんだろうと思い手にとり拾い上げる。その紙は名刺でお店の名前が印刷されていた。その店名を見てハッとする。私と煉獄先生が出会ったバーの名刺だ。私はあのバーに行ったたきに名刺なんて貰って来なかったからここに挟むなんてことはできない。だとすればこれを卒業アルバムに挟んだのは間違いなく煉獄先生だ。そう気付いて慌てて色んな人に書かれたメッセージの中から煉獄先生のメッセージを探し出す。

『2年後の同じ日にまたあの場所で。煉獄杏寿郎』

2年後の同じ日あの場所…私たちが出会ったバーで…あの日の日付を思い出し携帯を手に取り日付を確認すればなんとそれは今日だった。どんな感情かうまく説明できないけど指先が震えた。私は素早く支度をし家を飛び出した。
小走りで走り続けたので息が上がった。バーの前まで来ると足を止め呼吸を整えた。本当に煉獄先生はバーに来るのだろうか?からかっただけか?それとももう忘れているのかも…色々と考えを巡らせたけどバーに入ってみなくちゃその結果はわからない。深呼吸を一度してからバーのドアを開ける。前のように店員に年齢確認をされるも今回は自分の身分証を見せる。カウンターの奥の席を見るとあの変わらないキラキラ輝く太陽みたいな黄色の髪の煉獄先生が座っていた。私の目線に気づいて困ったような笑顔を向ければ席を立ちこちらに近づいて来る。目の前に来れば私の手を取りギュッと握ってくる。


「一人か?もしよければ一緒に飲まないか?」

「私、あの、その前にやることがあって…」

「やること?」


煉獄先生に握られた手をしっかり握り返して私は席に着くことなくトイレへ向かう。そこに入り込みドアを素早く閉め鍵をかける。



「もうっ会えないかと思っていました…」

「俺もだ。俺は君が大人になるのをずっと待っていたんだ。」

「だったら最初からそう言ってくれたらこんなに辛い気持ち抱えて何年も過ごさずにいられました!」

「君にとっては思春期の火遊びでしかないかと不安もあったんだ。俺が勘違いしてるだけかと…」

「そんなことない、そんなことないです…ずっと煉獄先生のこと忘れられなくてあの日の夜からずっと好きになってた…」

「杏寿郎だ。」

「え?」

「もう俺は君の先生じゃないし君は生徒でも未成年でもない。俺も君が好きだ名前。」

「きょ、うじゅろう…」


優しく抱きしめられて唇を重ねられる。あの日から3年分以上を埋めるかのように夢中になってキスをする。


「高校では、俺の気持ちを抑えるためにも君を叱って一年間素っ気ない態度を取ってすまなかった、だがまだ子供なのにこんなところに出入りしていては危ないし未成年の飲酒は禁じられている。心配だったんだ、俺は教師と言う立場だったしそれに…」

「もうわかったから、もういいの今こうやって両思いになれてまた触れられる、これからは好きなときにね、だからもう黙ってこれ続けて…」


彼の顔を包み引き寄せて自ら深く口づけをする。杏寿郎は私の腰に回した手を服の間に滑り込ませて素肌に触れくるので思わず甘く吐息を漏らしてしまった。


「触れられなかった3年分君を知り尽くしたい…」

「ふふっトイレの中じゃ3年分はちょっとね…あと杏寿郎私が20歳になるまで待っててくれたってことだよね?」

「そうだが…?」

「私4月の頭生まれだから一年前にとっくに20歳になってるよ。来週にはすぐ21歳だよ。」

「…つまり約一年俺はロスしたと言うことか?尚更早く君をもっと知らなくてはならないな。」


少し悪い顔で笑う杏寿郎はそのまま私の首筋に唇を寄せて背中を指先でいやらしく撫でた。そんなこと誰にもされたことない私はビクッと肩を揺らしてしまってそれがなんだか恥ずかしくもあり悔しくもあった。


「私だって杏寿郎の3年分が欲しい。教えて?全部ちょうだい…」

「はぁ…君は本当にもう…」


ーコンコンコン
唇を再び重ねようとしたときに外からドアをノックされた。2人して顔を合わせればなんだかおかしくて笑ってしまった。外で順番待ちしていた人は中から人が2人も出てきて驚いていたが、気まずさも忘れて手を繋いで私たちはバーから出た。


「トイレと教室以外の場所にももう連れて行ってくれるんでしょう煉獄先生?」

「その呼び方はやめてくれ、生徒に先生と呼ばれるのが嫌で堪らない日が来るとは俺は思っていなかった…。」

「私だって学校の先生のこと忘れられないぐらい好きになるなんて思ってなかったよ。」

「もう俺が先生だったことを忘れさせるぐらい君のことを好きなただの男の俺を今夜君にたっぷり教えてやる。」


生徒には絶対見せないであろう色っぽく微笑む杏寿郎の表情を見て私は蕩けそうになってしまった。私たちは繋いだ手を離さないまま夜の街へと足を進めた。



〔5000hitリクエスト→ 【私の全てを奪って抱いて】煉獄杏寿郎/学園/ヒロイン生徒or卒業生/悲恋からの甘/切〕



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