【あなたに一瞬だけ私の痛みを与えられたらいいのに 】


酷い男だった。言ってしまえば私は良い様に使われたのであろう。そんな彼との出会いはもう半年以上前だった。



「すまない!!怪我はないだろうか!!」


街へ夕食の食材を買いへ行き桶に豆腐を3丁入れてもらい家路へと着いている途中だった。黄色と赤色の獅子のような髪の派手な出立ちの男と出会い頭にぶつかった。手に持っていた桶は音を立てて転がり、豆腐は元の形を留めていないほど崩れ落ちていた。


「申し訳ないが急いでいる!必ず詫びに出向くので今は失礼させてもらう!」

「あっちょっと!」

「待てお前ーー!止まれーーー!」


人にぶつかっておいて今晩の豆腐を駄目にした挙句に物凄い速さで走り去った男を更に警官が走り追いかける。なんだ、罪人だったのか…?腰に刀もあった気がする…。豆腐は駄目になってしまったがぶつかっただけで済んでよかったのかもしれない。転がって行った桶を拾い上げながらそう考えてた。



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その日の夜、湯を浴び自室で寝支度をしていた。髪を手拭で丁寧に拭いているときに外で小さく物音がした。本当に小さい音でいつもなら気にも留めなかっただろう。でも何故だか今夜は外へきちんと確認しに行きたくなった私は鏡台の上の燭台を手に持ち立ち上がりそっと襖を開けた。縁側から続く庭は月明かりに照らされていて薄らと明るかった。特に何も見つからない、山から狸でも降りて来て庭を通り道にでもしたんだ。そう自己完結し庭に背を向けたとき砂利石を踏む足音が聞こえ息を飲み反射的に後ろを振り返った。


「どうか騒がないでほしい!」


暗がりから少し明るいところへとゆっくり歩いてくる影。目を細めその影を見れば、そこには日中に衝突したあの獅子の様な髪型の男が立っていた。


「貴方昼間の…ここで何をしているの?どうしてここが…」

「必ず詫びに来ると言ったであろう。だがすまない、豆腐屋はもう閉まっていたし日持ちしないだろうと思って代わりにこれを。」


じゃり、じゃり、と音を立ててこちらへゆっくり歩いてくる男。縁側の縁まで来ると大きな風呂敷を差し出してくる。本当なら声を出して両親に家に知らぬ者がいることを知らせた方がいい。それに彼は昼間警官に追われていた、罪人かもしれない危険だ。なのに私は大声を出すことなくその風呂敷を静かに受け取った。


「菓子だ。家の者と食べてくれ、なるべく日持ちするものを選んだ。昼間は本当にすまなかった。」

「…ありがとう。」


私の家族だけでは当分食べきれそうにない大量の菓子が包まれているらしい風呂敷は見た目の通り重かった。床に風呂敷を置いてから彼の顔をじっくりと見れば薄明かりの中なのに彼の瞳の燃えている様な色がはっきりと見えた。


「貴方、名前は?」

「煉獄杏寿郎だ。」

「煉獄さん……私は苗字名前。」

「名前、だな。名前こんな夜分に押しかけてすまなかった。では俺はこれで。」

「ねぇ、この菓子が日持ちしているうちにまたここに来てくれる…?きっとこんなたくさん食べきれない…よかったら一緒に食べない?」

「………わかった。必ず来よう。」


私の言葉に驚いて瞳を大きくさせるも、そう返事をすると彼は暗闇に消えて行った。自分でも己の言葉に驚いたしどうしてそんな事を言ったのかわからない。だけど言ったことを後悔はしていない。
そして数日後彼は約束通り、未明から明け方に差し掛かる頃に再び私の元へ来てくれた。私たちがいわゆるそんな関係になるのに時間は掛からなかった。



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「んっ…はぁ、はぁ…」

「はぁ…大丈夫か名前?」

「だい、じょぶ…」


情事が終わり肩で息をしていると煉獄さんは私の頬を心配そうにしながら撫でる。そんな顔をするなら最初から何度も荒々しく抱かなきゃいいのに。
こんな関係になってから半年は経った。煉獄さんは頻繁ではないけれど月に何度か私の元へやって来た。大体は日が沈みかける前や朝方前。私たちは会話より身体を重ねる時間の方が圧倒的に多く過ごしていた。家の両親が起きているときは裏山まで行って身体を重ねていた。お互いのことなんて全然知らなかった。そして彼が会いに来るときは決まって隊服の様な服に刀を持っていた。
だが今日は珍しく着流しだった。私の身体を手拭いで拭いた後自分の身体も拭くと床から着物を拾う彼の背中を見つめる。逞しい身体の所々に傷がある。このご時世に刀を持ち歩き隊服まで着ている。彼は普通の人々なら知らない何か危険な環境下にいるのはなんとなくわかっていた。そんな身元もよくわからぬ彼との付き合いが普通ではないのも。だけど私は彼とのこの危険な関係を終わらせることはできなかった。それ程までに彼に溺れていた。結婚とか愛とかそんなものを望んでいるわけではない。彼にただただ求められたくて私も彼を必死に求めた。


「…ねぇ次はいつ来るの?」


以前彼は自分はいつここに来られなくなるかわからないから次の約束はできないと言っていた。そのことは承知していたので次のことなど最初に出会った日しか尋ねていなかった。だけど今日はなんとなく聞きたくなったのだ。


「…実はしばらく長引きそうな任務に就く。」

「そう…」


私はどんな答えを期待していたのか。自分でもわからない。床から身体を上げ彼に背を向け襦袢を拾い羽織る。腰紐で前を締めようとしたときに煉獄さんが後ろから抱きしめて来た。息が止まるほど切なくなるほど強く。


「名前…」

「……煉獄さん。」


彼に名前を呼ばれ身体に回されている腕にそっと腕を重ねた。ああ、きっともう彼とは二度と逢えない。そう思った。



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最後に煉獄さんと会ったときから二ヶ月ほど経った。私の勘はちゃんと当たって彼はあれから姿を見せなかった。縁側に座り燃える様な夕暮れの空をひとり眺めていた。


「カァ!カァ!」

「?」


家を囲む竹垣の上に一羽の鴉が止まりこちらを向いて大きな声で鳴いた。その鴉をよく見れば足に何か括り付けてある。縁側から立つことなくその場で見ていると鴉が飛び膝の上へと乗って来た。


「懐っこい子だね、どうしたの?足の物を取ってほしいの?」


足に何か絡まってしまい困っているのかと思いそっとそれを取り上げると鴉はあっという間に夕陽広がる空へと飛び立っていた。何が付いていたんだろうと包みらしき物を広げるとそこには今の夕日と同じ色をした綺麗な簪と一通の手紙があった。震える手で封筒から便箋を出し目を通す。


『名前
ずっとそばにいられる約束ができない男ですまない。これを送るとき俺はもう生きてはない。
どうか俺のことは忘れてくれ。煉獄杏寿郎』

「っ…なによ、こんな貴方を思い出す様な簪なんか寄越して、なにが忘れてくれよ、忘れさせる気なんか全然ないじゃないっ…」


手に持つ手紙は震える手で強く掴みすぎてくしゃくしゃになって、彼が書いた文字は涙で滲んだ。
酷い男だった。散々私の心の中に入り込んできて身体にも貴方を叩き込んでおいて忘れてくれなんて。責めたくても生きてもいないなんて。美しい思い出なんか残っていない。貴方が残したのは傷で息苦しいだけ。酷い男の子だった。酷い男。



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