【We need Christmas】


人々はこう言う。心がときめく煌びやかな季節が来たと。そうクリスマスシーズン。ついこの前までオレンジ色のカボチャやオバケが飾られていたのにまるでそんなの無かったかの様にあっちもこっちもクリスマスの飾り付けがされている。お店に入れば大きくも小さくもクリスマスツリーがあり、殺風景だった駅前の広場まで電球がキラキラと飾られている。私はその風景をげんなりした顔でなるべく見ない様にして下を向いて歩いている。いつからだろうこんなにクリスマスが嫌いになったのは。ああそっか覚えてるよ、あのときからだね。


「おかえり名前!!」

「おかえりなさい名前さん。」

「あ、杏寿郎に千寿郎君いらっしゃい。そしてただいま。」


リビングのドアを開けたら隣に住む幼馴染の煉獄杏寿郎に彼の弟の千寿郎君が居た。玄関に2人の靴があったから来ていることはわかっていたので驚きはしなかった。2人が夕飯時にうちに居ると言うことはきっとご両親が不在でうちでご飯を食べるということだ。この習慣は私たちが小さい頃からたまにあるもので私が煉獄家へお邪魔することもあった。キッチンからは母親が作る煮物の出汁の匂いが漂っていた。


「遅かったな名前!」

「ちょっと寄り道してたの。手洗ってくるね。」


貼り付けた様な笑顔でそう言い洗面所へ向かう。手を洗いながら思い出す。私がクリスマスが嫌いになったのは杏寿郎のせいだった。私たちは毎年クリスマスのプレゼント交換をしていた。それは幼い頃から続いており私は杏寿郎とのプレゼント交換が大好きだった。一昨年の高校一年生のクリスマスイブ。私は浮き足で帰ろうとしたところ、杏寿郎が可愛らしい女の子からラッピングされたプレゼントであろう物を受け取っているところを廊下から目撃してしまう。杏寿郎は笑顔でそれを受け取っていた。その光景は今も目に焼き付いており今だってこんなに鮮明に思い出せる。そのぐらい私にはショックだった出来事。その日学校から帰宅した数時間後に杏寿郎が私の部屋へとやって来た。


「名前!プレゼント交換だ!」


いつもはノックもしないでいきなり入ってくる杏寿郎のことなんてなんとも思っていなかったのに、この日はやけに気に障った。手に持っている私へのプレゼントであろう赤色と緑色の袋にリボンが付いた包みが見えてイライラとモヤモヤを抱えきれなくなった私はその時の勢いでこの言葉を言ってしまった。


「ごめん杏寿郎、私今年はプレゼント用意してないんだ。もう私たちも高校生だしこんな子供みたいなこともうやめよう?お小遣いももったいないよ。」


ニコニコ笑いながら言ったけど心の中は全然笑ってなかった。杏寿郎は驚いた顔で立ち尽くしていた。それからわかったと彼らしくない小さい声で言って部屋を出て行った。そのときから私たちは学校でもあまり話さなくなり一緒に下校したり休みの日に遊んだりしなくなった。学校で杏寿郎があの女の子と一緒に居るところをよく見かけた。突然不仲になった私たちを見て母親が心配してきたが思春期だし色々あるわよねなんて言われた。思春期で色々あるのは杏寿郎であって私ではない。私は知らない間に恋人作って青春なんてしてないもん。
そんな状態で高校三年生の12月を迎えた。手を洗ってから着替えるために自分の部屋に行きクローゼットのドアを開ける。棚の奥の奥に今も閉まってあるのは一昨年杏寿郎に渡せなかったプレゼント。それを引っ張り出して手に取ってみるも今更あげる気にもなれない。自分から毎年の習慣を失くしてしまったんだから。杏寿郎が女の子からプレゼントを受け取っていた光景をまた思い出してしまって悲しくなる。あげ損ねたそれを乱暴に奥に仕舞い込む。もう捨てちゃえばいいのに。何度もそう思ったけど捨てられなかった。


「だから不死川先輩が行くことになったんだ!」

「へぇ〜そうなんだ、大変だったね!」


ご飯を食べながら杏寿郎の話に笑顔を浮かべながら適当に返事をする。まるっきり冷たく接してるわけではないが愛想笑いしても杏寿郎は「むぅ」とか言って納得いかない顔をしてた。


「そういえば名前さんのお家は今年のクリスマスは何するんですか?」

「うーんいつも通りかな。チキンとケーキを家族で食べると思う。ねぇお母さん?」


食卓からキッチンに居る母親に聞いてみればそうだねーなんて声が聞こえる。千寿郎君が私に控え目な声で聞いてきたことに、年下なのに気を遣わせてしまったと胸が痛くなる。


「千寿郎君のお家は何するの?」

「うちもいつも通りご馳走食べてって感じですかね、ねっ兄上?」

「ああそうだな!」


へぇ杏寿郎は女の子とクリスマスデートとかしないんだ?なんて皮肉が出かけるもなんとか我慢する。お箸で煮物のお芋をふたつに割る。私と杏寿郎もこんな風に割れちゃったな、なんてお芋をみながら思ってしまう私は相当参っているみたいだ。2人はご飯を食べ終わると自分の家へ帰って行った。私は母親に態度が悪いと小言を言われ続けるのが嫌でさっさと自分の部屋へ戻る。ご飯を食べたばかりなのにベッドへ倒れ込む様にダイブする。ギシッと悲しげにスプリングが軋む音がした。


「本当はこんなの嫌なのに…」


ひとり呟くもそれも悲しげに静かな部屋に響くだけだった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



クリスマスイブの放課後。友達と教室で少し話してからそろそろ帰るねとひとり教室を出る。上履きから靴に履き替えて外に出れば空気が冷たくてぶるっと身震いしてしまう。だらしないけど両手を制服のブレザーのポケットに突っ込んで少しでも寒さを凌ごうとする。毎年手袋買おうかなと思いつつ買わずに冬を越していた。今年こそ買おうかな。それとマフラーを去年使い古してしまって捨ててしまったからマフラーも。帰ったら親におねだりしてみよう。身体が暖かくなったらこの荒んでる心も少しは穏やかになるかな。門へ向かって歩いていると2人の生徒が見えてくる。見間違えるわけがない金髪の男子生徒は杏寿郎で、女子生徒は一昨年杏寿郎にプレゼントを渡して学校でよく一緒にいるのを見かける女の子だった。最悪だ。まさかまたこの光景を見るなんて。思わず足を止めてしまった私に気付く杏寿郎。


「名前!今から帰るのか?一緒に帰ろう!」


手を振りながら相変わらずの大声で言ってくる杏寿郎。隣にいる女の子はそれじゃあと杏寿郎に軽く挨拶を交わして去っていく。声をかけられても反応せずただ突っ立っている私に杏寿郎が近付いてくる。手に持っているラッピング袋を見て色んな感情が込み上げてくる。


「…名前?」

「私もう杏寿郎と幼馴染やめたい。」

「……何を言っているんだっ」

「もう杏寿郎と幼馴染やめる!!」


逃げる様にその場から走り去る。冷たい空気が肌に刺さる様に痛いけど構わずに走り続ける。息を吸い込むときに喉が痛くなってきてやっと足を止めた。胸に手を当て俯いてゼェゼェと呼吸を繰り返す。無機質な灰色のコンクリートの地面を見ていると涙が出てきそうになる。泣いたらだめだ。そう思って顔を上げて空を見れば、地面に負けない程暗くてどこを向いても私の心の中みたいだと思った。疲れた足でのろのろと家までの道を歩く。あんなに走ってきたのに家が遠く感じる。杏寿郎の家と隣同士のあの家に帰りたくないな。だけど高校生の私が他に行くところなんてなく仕方なく最低な気持ちのまま家に向かう。


「名前!!」


家のドアの前にやっと着いてドアを開けようとしたところに後ろから声をかけられる。振り向いて確認するまでもなくこの大きい声は間違いなく杏寿郎で、私があんなに走って先に帰って来て追い抜かれてもいなかったのに何でもうここにいるんだろうと驚く。振り向いて杏寿郎を見ると少し息を切らしていた。学校の鞄も持っていないし先に家に着いて荷物まで置いてきた様だ。その代わりにいくつかのプレゼントの包みを抱えており、一体誰からそんなにプレゼントを貰ったんだろうと考えてしまう。


「これは一昨年の!!」


突然ずんっと包みのうちのひとつを私の目の前に差し出す杏寿郎。驚いて思わず受け取ってしまった。


「一昨年渡せなかった名前へのプレゼントだ!中身は手袋だ!名前は指先が冷えやすいからな!これは去年のだ!ステンレスで出来ているマグカップで温かさや冷たさを保つ物だ!そしてこれは今年のだ!去年までしていたマフラーをしていなかったから、今年はマフラーにした!」


ひとつ、またひとつと楽しそうに私に包みを渡して来る杏寿郎。もう私のことなんて全く気にしてもないと思っていたのに杏寿郎は私のことを見てくれていたんだ。目の奥がじんっとする。私の複雑な表情に杏寿郎の眉毛が下がる。


「よもや俺とはもう本当にクリスマスしたくないか…?君が俺のことを嫌いになって本当にもうやめたいと言うのなら…」

「やめたくないよ!全部!杏寿郎とずっとクリスマスだってしたい!けど、けど杏寿郎が彼女からプレゼント貰ってるからもうプレゼント交換もしちゃいけないんだって…」

「彼女…?」

「一昨年も、それに今日も門のところで…」

「ああ!あれは剣道部のマネージャーで部員に配られるクリスマスプレゼントだ!中身はタオルだ!」

「へぇあ?」


私史上最も間抜けな声が出る。一昨年から杏寿郎と良い感じなのかもと思っていた女の子は杏寿郎が入っている剣道部のマネージャーだったということ…?


「じゃあ……私まだ杏寿郎の幼馴染でいられる…?」

「うーむそれはどうかな…!」

「えぇあ?」


私史上最も情けない声が出る。やっぱり私の態度をいくら優しい杏寿郎でももう許してくれないのか。泣きそうな顔を見られたくなくて俯くと、突然両頬に温かな温もりを感じて目線を上げる。杏寿郎の温かい手が私の両頬を少し不器用に包んでいた。


「俺は名前と幼馴染よりもう一歩先に進みたいと思ってるんだが…ど、どうだろうか!」

「っぐず、私もっもっと先に進みたいっ…」


不器用な告白にやっぱり泣きそうになってしまう。ズズッと鼻を啜れば杏寿郎が袖口でゴシゴシと拭いてくれた。ちょっと痛かった。


「もう私以外の女の子からプレゼント貰うところ見たくないよ、杏寿郎にあげるのは私だけがいい…」

「俺は名前以外の女の子からプレゼントを貰ったことはない!あれを渡してきたのはマネージャーだったが、用意したのは顧問の男の先生だからな!」

「おおお、男の先生……!」


私は2年もの間男の先生のプレゼントにヤキモキしていたのかと思うとやっぱり泣けた。またゴシゴシと強く顔を拭こうとする杏寿郎の手をギュッと握る。腕に抱えてたプレゼントは地面に落としてしまったけど杏寿郎の手を離したくなかった。冷たかった指先が杏寿郎の体温でじわじわと温まるのを感じてずっと暗くて冷たかった心の中もぽかぽかして明るくなった気がした。


「あのね私も一昨年杏寿郎にあげようと思ってたプレゼント、まだとっておいてあるの。去年と今年は用意してないけど、これから用意するから、だから…」

「3年分のクリスマスをしよう!俺と君だけの!」


ギュッと抱き寄せられて今度は体全体が温かいを通り越して熱くなる。もっと杏寿郎の熱を感じたくて私も強く抱きしめ返す。ずっと離れていた心の距離を埋める様に強く。少し体を離して私の顔を見つめて来る杏寿郎。


「メリークリスマス名前!」

「メリークリスマス杏寿郎!」


顔を近付けて来る杏寿郎に応える様に目を瞑ったところできっと玄関先で騒いでいたからだろう、何事だと見に来た杏寿郎のお父さんが出てきてこら何しているんだ!と怒鳴られて私たちのファーストキスはお預けになった。そして私はまたクリスマスが大好きになった。



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