【40. Happy Birthday My Love】






「え、プレゼントこれ…?」

「毎日使う物だし好きでしょこれ…?」

「いや確かに好きだけどさ…」

「えっと…ハッピーバースデー…!」


私が数年前付き合っていた彼氏に渡した誕生日プレゼントは彼の吸っている煙草3カートン。彼のことが好きじゃなかったわけでもないけど心から本気で好きだったかと聞かれたら頷くには躊躇してしまう。レストランも予約したからご馳走させてと言ったら家でまったり過ごしたかったと言われた。当時は彼のこの気持ちはちっともわからなかったし、彼の記念に残る贈り物をしようなんて考えが浮かばなかった。実用的な物なら間違いないし困らないのになぜ…?そう思っていた。今思い返せばなんて酷い考えだったのだろう。今日はじめて当時付き合っていた彼に申し訳ないと思った。


「なんで空車のタクシーが来ないの…!」


電車が止まってしまって直ぐに駅のタクシー乗り場へ走ったけど案の定長蛇の列だった。バス乗り場も同じでなんて不便な街なの東京!と心で叫んだ。立ち尽くしていてもしょうがない、大通りを歩きながら家に向かい途中でタクシーを拾おう。買い込んだ荷物を持ち直して歩き始めた。この荷物が本当に重い…!杏寿郎が美味しい物を沢山食べられる様にと私はちょっと良いお肉を3キロ買い込んでしまった。冗談抜きで3キロ。お店の人は重くて持って帰れるか心配してくれたけど笑顔で大丈夫ですと答えた。全然大丈夫じゃなかったです。やや息切れしながら歩き続けるも見かけるタクシーはどれも乗客が乗っていてなかなか捕まらない。


「あっ待ってそのタクシー!」


少し先で男の人がちょうどタクシーから降りているところだった。小走りで近付く私の声に気付いた男の人は親切にタクシーを止めておいてくれた。


「わぁ綺麗な女の子だねえ!そんなに急いで何処に行くんだい?」

「止めてくれてありがとう!さようなら!」


タクシーを止めてくれた金髪で長髪の男の人に短めに感謝を述べて慌ててタクシーに乗り込み自宅の住所を告げる。重い荷物を持ってヒールで歩いていたから足が少し痛くなってしまった。けど今はそんな心配をしている場合ではない。杏寿郎が来るまでに準備を終わらせられるか際どい時間だ…帰ったらまず…。私は何から準備をするかを頭の中で考えながらタクシーに揺られた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



車で名前の家に向かっている途中で彼女から「あとどのぐらいで着く?」とメッセージが入る。信号待ちの際に「あと10分くらいだ!」と返す。お互い土日祝日休みのためあまり平日に会うことはなかった。なので今日の誘いが迷惑じゃなかったかと今更ながら心配になる。そんなことを考えているうちに彼女の住むマンションに到着し来客用の駐車スペースに車を停める。彼女の家の前に着き玄関のチャイムを鳴らそうとすればガチャリと鍵の開く音がしてドアが開き、名前が飛びつくように出てきて俺に抱きついてきた。


「名前……どうしたんだ?」

「誕生日おめでとう杏寿郎。」

「……!知っていたのか…?」

「なんで言わなかったの馬鹿寿郎!」

「すまない気を遣わせたくなくて…」

「知らなかったらちゃんと祝えないところだったじゃん…好きな人の誕生日祝わせてもらえないなんて寂しい……」

「名前……」

「それに帰ってくるのが遅くなっちゃって色々準備できてなくて…本当は全部準備し終わって杏寿郎のこと驚かせて喜んでほしかったのに、ごめんね……」


珍しくしゅんっとした表情で俯く名前。彼女には申し訳ないがあまり見たことない彼女の表情に可愛いと感じてしまって思わず小さく笑ってしまったら、俺の腕の中から睨むように名前が顔を上げた。


「なんで笑うの。」

「いやすまない、俺のために頑張ってくれている名前の姿が可愛くてな!それにとても嬉しい!例え何も準備されていなくても、俺は君と過ごせるだけで幸せなんだ。」

「杏寿郎…」

「よしっ!!俺にも準備を手伝わせてくれ!!」

「ふふ、じゃあお願いできる?料理以外で。」

「よもや!!」



ーーーーーーーーーーーーーーー


「すごいご馳走だ!!」

「はぁーなんとか無事に終わってよかった…」


安心して一息つく。杏寿郎にも手伝ってもらいながらお祝いの準備を終えられた。前菜は鯛のカルパッチョ、メインはおかわりもたくさんあるステーキにマッシュポテトやグリルした野菜を添えて、バースデーケーキはさすがに作れないからさつまいものモンブランを売っているお店を見つけてそれを購入してきた。どの料理にも「うまそうだ!」と目を輝かせて言ってる杏寿郎を見て、誕生日だと知って昨日の今日で計画を立てて準備をするのは(電車まで止まったし)大変だっけど、頑張ってよかったと心から思った。好きな人の為にこんな風に頑張れるなんて昔の私が今の姿を見たらびっくりするだろう。
蝋燭を取り出し3本だけケーキに刺してライターで火をつけると杏寿郎は驚いて少しだけ目を見開いた。


「蝋燭の火を吹き消す誕生日ケーキなんて子供の時以来だ。」

「ふふ、大人になった杏寿郎が蝋燭吹き消すところ見せて?」


言いながら部屋の明かりを消す。ハッピーバースデーを軽く歌うと杏寿郎は眉を下げて少し恥ずかしそうに笑った。蝋燭の火で杏寿郎の夕陽みたいな瞳がいつもより色を増していてきらきらして綺麗だった。彼がフッと息を吹き掛けて蝋燭の火が消されれば部屋が暗くなる。それから唇に感じる熱。暗い部屋の中で彼の首に腕を絡めて柔らかく甘いキスを繰り返す。


「ん、ねぇ料理冷めちゃうよ?」

「君から離れるのは名残惜しいが、せっかく名前が用意してくれたご飯だからな頂くとするか!」


明かりをつけて、向かい合いで席に着いて、普段通りの会話をしながら、ふたりで用意した料理を食べる。お祝いを心から喜んでくれる杏寿郎の顔を見て心の中が温かくなる。ビックなサプライズはできなかったけど、はじめてお祝いする彼の誕生日は私の中で間違いなく特別なものになった。誰かを想いその人の為に考え行動することを前の私はできなかった。そうできる気持ちを知らなかった。杏寿郎に何かを口頭で教わったわけでない、ただいっしょの時間を過ごし彼に想われることで大切なことを自然と知れた気がする。そうさせてくれた杏寿郎はやっぱり人としてすごい。彼と接することで救われた人もきっといるはずだ。


「生まれてきてくれてありがとう杏寿郎。」


ケーキを口に運ぶ手を止め驚いた顔で見つめてくる杏寿郎。自然と出てきてしまった言葉に自分でもびっくりしてしまいしまったと思った。お祝いの言葉にしてはちょっと重いじゃないかと焦り何か続けて言わなきゃと焦る。


「ありがとう名前。生まれてきて君に出会えてよかった。」


穏やかに静かに微笑む杏寿郎を見てなぜか心がキュッとなり切なくなって泣きそうになる。そんな私の顔を見て今度は困った様に笑いテーブルの向こうから腕を伸ばし片頬を温かな手で包まれる。その手に自分の手を重ねて彼が目の前にいるのを確かめるように少しだけ強く手を握った。

あなたが好きなことをたくさんできて、好きな物をたくさん食べれて、たくさん笑って、あなたとあなたの好きな人たちがみんな幸せでありますように。みんながあなたのことを愛する日々がずっと、ずっと続きますように。そう願いながらあなたに唇を重ねた。



〔Happy Birthday My Love/誕生日おめでとう愛しい人〕


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