【38.You done me again】



「わっ、びっくりした!どうしたの杏寿郎?何か足りない物あった?」


川に冷やしてある飲み物を取りに行った名前を追いかけて、しゃがみ込んでいる彼女の後ろに同じくしゃがみ腕を回せば驚いた声を上げる名前。手にはソーダ水とウィスキー。名前があまりにもたくさんの酒を持ってきたためクーラーボックスに入らなかった物は全て川で冷やしていた。


「俺と付き合うのを渋っていたのか?」

「ふふ、今その話?そうだよ、だって私彼氏作る気なかったから。何年もそう思っていたけどその気持ちはもうどっか行っちゃった。」


車の中でしていた話をぶり返されて可笑しそうに笑いながら顔を少し後ろに向けて俺の顔を見てくるので、やや酔っている勢いもあったしそのまま顔を近づけようとすれば「人前!」と冷たいソーダ水のボトルを顔に押し付けられた。


「将来は結婚したいと思っているのも俺だけか?」


押し付けられたソーダ水を持つ手を優しく掴み退け、彼女の肩に顎を乗せ耳元で静かに尋ねると彼女の頬が赤く染まるのが見えた。


「そんな聞き方するなんてずるい。」


俺の手を払い立ち上がる彼女に合わせて同じく立ち上がれば軽く睨みつけられる。先急ぎ過ぎて彼女を困らせてしまったか…。


「すぐにどうこう、今返事が欲しいというわけではない。」

「そんな話するにもまだ早すぎるよ…だって私たちまだ」

「まだ知り合ったばかりで付き合ったばかり、ああわかっている。だが俺は先のことまで考えた上で君と一緒にいる。そのことは覚えておいてくれないか?」

「……わかった。でも覚えておくだけだよ?それにその顔もずるいからやめて!捨てられた子犬みたいな!思わず甘やかしたくなっちゃう!」


怒っているんだからね!みたいな顔をしているが彼女の口調は優しく感じた。川からみんながいるところまでの短い距離を手を繋ぎたくて彼女の持つ飲み物のボトルを手に取り空いた手を繋ぐ。俺の顔を見もしないが手を握り返してくれるのでつい口元が緩んでしまった。


「ニヤけないでよ。」

「むう!バレてしまったか!」

「わかりやすいもん杏寿郎。」

「名前はわかりにくいな。だがそんなところも俺は好きだ!」

「もうっ声抑えて?あっ、不死川さんに頼まれてたお酒持ってくるの忘れちゃった!先戻ってて!」


するりと俺の手を抜けて来た道を引き返す名前。別に遠くに行ってしまうわけではないしすぐに戻ってくるのはわかっているに少し寂しく感じてしまう自分が情けなくなって鼻で笑ってしまう。


「良い子じゃないか苗字さん。」


みんなのところへ戻るなり悲鳴嶼さんが声を掛けてくる。目が合うなり皆の輪から外れるように離れていく悲鳴嶼さんの行動を察して自分も後を付いて行く。遠くはないが話し声は聞こえないであろう絶妙な距離を取ったところで再び話し始める悲鳴嶼さん。


「様子を見るに例の問題は解決したのだな。」

「ああお陰様で。どうにか終わりにできた。その節は相談に乗って頂き助かりました。」

「何、私は話を聞いただけだ。」


酒の缶を持ち戻ってきた名前が焼きそばを作っている不死川にひっそりと近付き彼の首後ろに冷えた缶を当て怒られてるのを皆が笑う光景を見てその場にいない自分も可笑しくて笑いそうになる。自分の友人たちと自分の恋人が仲良くしてくれることは喜ばしいことだ。この先もずっと上手くやっていける気がしてくる。


「悲鳴嶼さん、彼女は、名前は良い子です。」

「ああ、そうだな。」


春と夏の間の少しだけ緩い風が吹いて彼女の長い髪を揺らしている。顔の横に出していた髪を耳に掛けながら、離れている俺たちに気付いた名前がこちらを見ながら柔らかく微笑んだ。


「不死川さん特製の焼きそばできたよー!」


口元に手を添えながら大きな声で俺たちに言ってくる名前。そんなに無邪気に言われたらすぐに行くしかないなと悲鳴嶼さんとみんなの元へと戻る。


「あんなところで何話していたの?」

「うむ、彼女の悪口だ!」

「あーー!」


宇髄と名前のときの会話の仕返しだとばかりに言えば名前はわざとらしく唇を尖らせ怒った顔をしてみせた。


「別にいいよ悪口言ってても!」

「ははっ冗談だ!」

「悪口言ってても杏寿郎は私に惚れ込んでるから気にしない。」


腕をグイッと引かれて背伸びした名前が顔を近付け耳元でコソコソとそれを告げる。悪戯っ子みたいな顔をして離れていく名前から目が離せない。彼女の言う通りだな、俺は本当に彼女に惚れ込んでいる。宇髄が肘で突いてくるまで俺は名前から目が離せなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



空がオレンジ色に染まっているのを車の外から眺める。高速が混む前に片付けを済ませ早めに帰ろうと言っていたのにその場が楽しくてついつい帰り支度が遅くなってしまった俺たちは見事に渋滞にハマっていた。帰りの運転は俺たちが乗っている車は酒を飲まなかった伊黒が助手席には甘露寺が座っていて、俺と名前が並んで座り、一番後ろのシートには宇髄が座り軽くイビキを立て眠っていた。


「楽しかったね、呼んでくれてありがとう杏寿郎。」

「ああ、来てくれてありがとう。」

「来年もまた来たいなぁ。」

「……来年も一緒に来よう。」


そう言ってこてんっと俺の肩に頭を預けてくる名前。何年か先の話はしたがらない彼女だか、次の年のことは話してくれるらしい。先の話をはぐらかされて少し寂しく感じていたはずなのに今はそれだけでも十分だと心は満たされていた。彼女の頭に自分も頭を重ね握っていた手をぎゅっと強く握り直した。



〔You done me again/君にはまたやられたよ〕


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