【37. My heart did】



大柄な男の人と大食らいの杏寿郎がいるにしても食料持ってきすぎじゃない!?って思ってたけど杏寿郎に負けないぐらい蜜璃ちゃんがおいしいおいしいとたくさん食べているので驚いた。たくさん食べる姿が可愛くてどんどんお肉や野菜をグリルに乗せてしまう。


「ずっと焼かせてばかりでごめんなさい〜!けどおいしくてお箸が止まらないの!名前さんが持ってきてくれたお手製のピクルスもサッパリしてておいしいわ〜!」

「全然大丈夫だよ!お肉も野菜もまだまだたくさんありそうだし好きなだけ食べちゃえ!」

「ありがとう〜!名前さんとっても優しい〜!」


蜜璃ちゃんは素直でとっても可愛い。にこにこと柔らかく笑う彼女にぴったりの春色の髪。伊黒さんが惚れちゃうのもわかる。彼女にするならこんな子がいいなと私でも思う。


「ねぇ名前さんは煉獄さんのどこが好きになってお付き合いしたの?」

「………どこだろう気付いたらって感じかな?」


蜜璃ちゃんの言葉にお肉を焼く手を止めてしまった。あるあるの質問にあるあるの答えで返す。思い返してみても正直自分の中でも大きな決め手の瞬間があったわけではない。出会ったとき彼を一目見て妙な感じを起こして、避けるべきかもと思った。だけどそれでも一緒にいることを望んだのは彼のことが好きになったから。でもいつ?なんで?


「だけどやっぱり、恋人同士になるからには何か強く惹かれるところや好きな部分があったからなのよね?付き合ったらその部分がもっと好きになったりするものなのかしら…?」


頬をほんのり赤く染めながら、川辺の方に杏寿郎と冨岡さんと悲鳴嶼さんと食べ物や飲み物を冷やしに行った伊黒さんをチラッと見る蜜璃ちゃん。そっか、蜜璃ちゃんも伊黒さんが好きなんだね!…じゃなくて、質問されてたんだっけ私。


「あるかもしれない…どうだろうね?えっと、私お酒取ってくる。不死川さんこれ代わってくれる?」

「……おう。」


手に持っていたトングを不死川さんに手渡して、まだ十分にバーボンと氷が残っているプラスチックのカップを持ってその場を離れる。川沿いに行こうと思っていたけどそこには杏寿郎達がいる。私は川とは離れた反対側の駐車場へと足を向ける。車はたくさん停まっているけど人は全然居ない、広場の賑やかな声が遠くに聞こえる静かな駐車場のベンチに座ってバーボンを一口飲む。


「どこに酒取りに来てんだよ。」

「やだっびっくりした!」


天元が音もなく近付いてきて隣に座るから驚いて声を上げてしまった。黙ったまま手に持つカップに口を付る天元を横目に見て私ももう一口バーボンを飲む。その後数十秒の沈黙が続く。


「………もう。わかったよ、聞きたいなら聞けば?」

「おー…じゃあ遠慮なく。何で逃げたんだよ。」


先程の蜜璃ちゃんの質問。普通の人からしたらなんてことない質問だったはず。答えに困ったなら無難に優しいところが好きとか言っておけばよかったのに、私は誤魔化して逃げ出してしまった。彼を好きなのは嘘じゃないしこの気持ちは誤魔化しなんかじゃない。だけど好きになった決定的な理由が私には思いつかなかった。短期間で杏寿郎のことを遠ざけたくなったりやっぱり気になったりして結局は自分も好きになって付き合うことになった。どこが好きって、そりゃ優しいところも情熱的なところも真っ直ぐなところも、高い体温の手や鍛え抜かれた身体やあの元気にあちこちはねている長い髪、どれも大好きな杏寿郎の部分。けどそれって本当に好きになった理由?と考えると違うと言えた。それは付き合って一緒に居て気付いた彼の好きなところだ。


「理由もなく好きになるわけないのに、私には理由が見当たらなかった。思い当たらないの……嘘じゃないのにこの気持ち…」

「理由ってそんなに大事か?本当に煉獄のこと好きならそれでいいんじゃないのか?」

「うーん……」

「人を好きになる度に深い理由付いてなきゃいけないなんてことないだろ、ピンと来たとかそーゆーのだってあるだろ?」

「ピンと来た…かぁ…」


天元の言う通りかもしれない。けど多分私と違ってしっかりしている杏寿郎に私のことを好きになった理由を聞いたらキッチリした答えが返ってくるはず。なのに私はこんなのでいいの?本当にこんな私が彼みたいな誠実な人の恋人でいいの?残っていたバーボンをグイッと飲み干せば、ボトルまでしっかり持ってきていた天元が空になったカップに注いでくれた。


「ねぇこんなこと言ったら変かもしれないけど、杏寿郎といるとねしっくりくるの。なんだか昔から知っているみたいな落ち着く感じ……けどそんなのは理由にならないかな…」

「…………お前もしかしてさ」

「こんな所で何をしている!!」


天元と私の背後から相変わらずの声量を発して杏寿郎が現れた。やばっと思いながら振り返れば顔は笑っているけど何だか少しだけ怒ってるっぽい表情。天元はうわーめんどくせぇーと言いながらベンチから立ち上がる。


「ちょっと話してただけだろ。」

「名前と君がか?何を?」

「彼氏が居ないところで話すことって言ったら彼氏の悪口に決まってんだろー?」

「ちょっと天元やめてよ!」


天元が杏寿郎を揶揄うように笑いながら言うと杏寿郎が眉をピクッと一瞬動かしたのを私は見逃さなかった。悪口は言ってないけど杏寿郎の話をしていたことは事実で私は何となく気まずい表情になってしまう。


「俺みんなのところ戻るわー。」


そう言えばそのままこの場を去ってしまう天元。せめて私がこの場を乗り切るためにボトルを置いていってほしかった。裏切り者め。深呼吸してから杏寿郎の方へ視線を向ければ眉間に皺を寄せて複雑そうな顔をしていてた。


「…川の方歩かないか?」

「……うん。」


手を取られ2人で歩き始める。広場は砂利だから少しだけ歩きにくい。だけど少しでも足元がフラつくと杏寿郎の力強い手が支えてくれた。彼はいつもこの手みたくしっかりしている。全くブレない。私は真面目に向き合おうとしてるのに彼との重心が合わなくて1人でブレてる気がして寂しい気持ちになる。


「……ねぇ杏寿郎。」


川のすぐ側まで来て足を止める。少し前を歩いてた杏寿郎も足を止め振り向いて向き合ってくれる。私たちを取り巻く空気は周りで楽しくバーベキューしている人たちとは全く違っていて居心地が悪かった。


「…名前、俺は君に何かしてしまったのか?」

「私のことどうして好きになったの?」


突然の私の質問にキョトンとする杏寿郎。私は構わずにそのまま話し続ける。


「さっき蜜璃ちゃんに聞かれたの、杏寿郎のどこが好きになって付き合ったのかって。私……答えられなかった。杏寿郎のことは好きだよ、ほんとに。けど答えられなくて……私ってひどい女?だって好きになった理由ちゃんとわからないなんて。強いて言うなら一緒にいると安心する、昔から一緒にいたみたいにね、だから一緒にいたいって思った。杏寿郎はきっともっとちゃんとした理由があるはずなのに私はこんな曖昧な答えで……」

「ははっ、名前…」

「ちょっと何笑ってるの?私真剣に話してるんだよ?」

「いやすまない、聞いてくれて名前…」


こっちは焦っていて捲し立てて話してしまう程なのに杏寿郎が笑うものだから思わず軽く睨みつけてしまう。彼に両手で顔を包まれたところで目を逸らせば目を合わせてと言わんばかりに優しく名前を呼ばれた。


「俺が君を好きになった理由は…俺にも上手く説明できない。まず目が離せなくなった。君がとっておきの美人だからなのもあるが他にも理由がある。だが言った通り上手く説明できない。見た目からは想像できない程の破天荒なところを可愛く思う。物事をハッキリ言うところも好きだ。少し癖っ毛で柔らかい髪とか、いつもする良い香りとか……だがそれは君と過ごして気付いた魅力だ。俺が君を決定的に好きになったわけは……ハッキリはわからない。ただ一緒にいたかったからだ。君と同じだ。それじゃだめか…?」


いつもは凛々しい眉毛を八の字に下げて微笑む杏寿郎は堪らなく愛しく感じた。顔に添えられてる彼の手に自分の片手を重ねて私も微笑めばお互い安心したかの様に小さく笑う。だけど調子に乗った杏寿郎は人目がある場所なのに先程より顔の距離を近づけてくるから苦い笑いへと変わってしまう。


「ちょっと杏寿郎?」

「今何してほしい名前?」

「そうね…空のカップにお酒入れてほしい。」

「一応伝えておこう、酒豪なところも好きだぞ?」


片手に持ったままだったカップを高らかに上げれば今度は声を大きく出して笑う私たち。そうか、好きに理由はいらないのかも。想い合っている気持ちが本物なら。


「あっ名前さん!」


手を繋いでみんなのところに戻れば蜜璃ちゃんが不安そうな表情で駆け寄ってくる。私が変なタイミングでその場を離れてしまったから心配させてしまったのかもしれない。


「蜜璃ちゃんあのね、好きになったきっかけは私と杏寿郎だけの特別な秘密だから教えてあげられないの。ごめんね?」


顔を寄せてこそこそと蜜璃ちゃんだけに聞こえる様に言えば彼女は顔を真っ赤にしてわかりましたぁと小さく言い両手で顔を覆ってしまった。彼女が期待する様な理由があったわけじゃなかったけど、私たち2人にとっては特別な想いだからそれでいいんだ。



〔My heart did/私の心が決めたこと〕


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