【28. Don't be a Hero】



映画を観終わって一息付いてから杏寿郎はシャワーを浴びるとソファを立ち上がった。バスルームにおばけがいるかもと脅かしたら大きな目をかっぴらいて引きつった笑顔になったので思わず笑ってしまった。
彼がシャワーを浴びている間に飲み食い散らかしたテーブルの上を片付ける。毎月なんとなくもやぁっとしながら過ごしていたこの時期だけど、杏寿郎と一緒にいるというだけで気が晴れた。付き合ってまだ1週間程。彼氏ができたのはもちろん初めてではないし恋愛にのめり込むタイプでもない。なのに彼といると楽しい気持ちになれるしとても安心した。もう10代でもないくせに少女みたいな気持ちを持っていた自分にびっくりする。


「サッパリした!!」


ソファの上で杏寿郎のことを考えていたらシャワーを浴び終えた杏寿郎本人がリビングに戻ってきた。濡れている彼の長めの髪はいつものようにあちこちに毛先が跳ねておらず、しっとりと纏まっていて前髪は後頭部の方へと撫でつけられていた。


「わお!きっちり纏ってるのもかっこいいね!」

「そうか?だが髪が乾けばすぐにあちこちに跳ねてしまう!」

「スタイリング剤ちゃんと使って髪セットすれば大丈夫だよ。フォーマルな姿とか様になりそう!今度オシャレしてお出かけしたいなぁ。」

「そうしたら名前もドレスアップするのだろう?今以上綺麗になってしまう名前を外へ連れ出すのは心配だな!」

「だけど私の彼氏は杏寿郎だけでしょ。周りは関係ないよ?」

「よもや……」


ソファに座ってる私に合わせて腰を屈め唇にキスをしてくる杏寿郎。彼の濡れた髪が私の頬にぴっとりとくっつく。


「髪ちゃんと乾かそう?タオルでしっかり拭くから座って!」


杏寿郎の首にかかっているタオルを手に取り彼を座らせれば、自分はソファの後ろ側に回る。タオルを杏寿郎の頭にかぶせ手を動かし丁寧に水分を取っていく。少し乾いただけでも既に毛先が跳ね始めてくるのが可愛くて思わず微笑んでしまった。
タオルドライをしっかりとした後は洗面所へ移動し、お気に入りの香りのするヘアオイルを毛先を中心に付けた後ドライヤーをしてあげると、いつもより艶々で一段と鮮やかな髪に仕上がった杏寿郎が完成した。


「つやつやだ!!」

「きれいになったでしょ?」

「なんだかむず痒いな!」

「ついでに可愛く編み込みしちゃお。」


少し背伸び話をして杏寿郎の後頭部の髪を弄っていれば、やり易いようにとしゃがみ込んでくれた。私が面白がってしていることにどうやら付き合ってくれるみたい。ざっくりとハーフアップの編み込みを作り見て見てと彼を立たせて洗面台の鏡越しに目を合わす。


「杏寿郎プリンセスみたいだよ!」

「よもや!随分と可愛らしくされてしまったな!」

「結構似合ってるんだけど!やっぱりイケメンは何してもイケメンなんだね、なんならメイクもしてみる?」

「それはさすがに勘弁だな!それに俺はどちらかと言えばお姫様よりヒーローになりたい!」

「ヒーローは辛いよ、試練だらけだし怪我もするし大切な人も失う。それにほら大いなる力にはなんちゃらってやつ。杏寿郎には辛い思いしてほしくない。だからお姫様でいて。そしたらいつまでも幸せに暮らしましたって終われるから。」

「その結末も良いが、必要なときに大事なものを守れるように強くなければならない。生きていれば何が起こるかわからない。」

「だけど起きないでほしいって願いながらみんな生きていくものでしょう?」


後ろからギュッと抱きしめて背中に顔を押し付ける。彼の性格からして大人しく誰かに守ってもらうなんてことはないと思う。彼が映画の登場人物なら進んで戦うタイプだ。つまりきっと危険な目に遭う。普通に暮らしていたらそんなことはもちろんないけれど、そんな風に考えてみると彼を遠くに感じてしまった。彼の体温を確かめるように抱きしめる腕に力を込める。私の様子に気づいたのか杏寿郎は私の手を強く握ってくれた。


「飲み直すか?まだアイス食べてないぞ?」

「バニラアイスにブランデーかけて食べたい!ラム酒も良いかも!」

「よもやラム酒まで家にあるのか…?」

「海賊みたいでしょ?よーしっ呑むぞ!」


彼から腕を離してリビングに戻る。先ほど感じた寂しさを紛らわすように私は再びお酒を飲み始める。



〔Don't be a Hero/ヒーローにはならないで〕


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