【21. Wisteria】



砂浜のベンチに座って杏寿郎と話していればあっという間に空は夕陽に染まっていた。少しだけ強くなった海風が冷たくて思わず腕を摩る。


「冷えて来たな、車に戻ろうか。」

「そうだね。」


ゆっくり立ち上がれば、杏寿郎は自身が着ている上着を脱ぎ私の肩に掛けてくれた。上着に残っている彼の体温がじんわりと冷えた身体を温めてくれて擽ったい気持ちになった。


「ありがとう。」

「あぁ、行こうか。」


自然とお互いに手を取り繋げば歩き出す。横にいる杏寿郎を見上げれば橙色に染まった夕陽に照らされた彼の髪は空に溶けていきそうに見えた。同じ色をした瞳は真っ直ぐ前を見ている。なんだか彼が遠くへ行ってしまいそうな気がして繋いでる手をギュッと強く握り直す。変な意地を張って彼と離れることを自分は望んでいるのか。不安な気持ちはたくさんあるけど先のことを考えて来たらキリがない。歩み寄って彼に気持ちを伝えるべきなのかもしれない。成長するときなのかも。そう思い歩みを止めれば少し先を歩いていた杏寿郎が振り返る。


「杏寿郎あのね、私……」

「この後もう一箇所だけ君を連れて行きたい場所があるんだ。付き合ってくれるか?」

「え、あっうん…」


私の言葉を遮るように言われて思わず返事をしてしまう。よかったと言えば再び歩き出す杏寿郎に手を引かれ足を動かす。自分なりに意を決して気持ちを伝えようとしていたのでなんだか拍子抜けしてしまった。それに彼は私が言おうとしたことをわかっていて止めた気がする。どうして止めたりしたんだろう。すっかり彼と私は同じ気持ちだと思っていたのに。違ったの?思い違い?伝えたら困るってこと?やっぱり私には恋愛なんて向いてないのかもと珍しく不安な気持ちを抱えネガティブになってしまった。

車に乗りパーキングから出れば山道を無言で進んでいく。なんとなく気まずくてお互い黙ったままだった。それにしても杏寿郎は何処へ行こうとしてるの?周りには建物が何にもなく暗い森が続いている。すれ違う車すら居ない。もしかして…。


「もしかして私、殺されて山に埋められるの…?」

「心の声が出ているぞ名前!」

「しまった!」


なんて言っていると突然道沿いに出て来た砂利の広場に入り車を停める杏寿郎。そこには外灯が数本立っており、広場から山の中へ登り続いている階段を薄暗く照らしていた。


「行くぞ!」

「行くぞって、あの階段を登るってこと?」

「そうだ!」

「えぇー…」


何処に繋がっているかわからないその階段を車を降りながら見る。夜の山の中はさっきまでいた海より冷えてるため貸してくれた上着を杏寿郎に返し自分の上着を羽織る。


「この上に寺があるんだ。」

「お寺?なんでこんな暗くなってからわざわざそんなところに行くの?怖いんですけどなんなの。」

「俺がついているから大丈夫だ!」


キリッと笑顔で言われても怖いのはこんな時間にこんな所に連れて来たあなたなんですけど!?っとツッコミたくなった。グイグイと手を引かれ渋々階段を登る。きっとあれかな、登ったところに立派なきれいなお寺があるとかそういう感じなんだよねきっと。


「何この絶対出るみたいなお寺。」


思わず言ってしまった。階段を登って出て来たのはお世辞にも立派とは言えない小さいボロボロのお寺で人もいなければ、先程車を停めた広場より暗くて絶対に霊がいます感を漂わせていた。小さめの山門を通るときは念のため2人して一例した。なんと言っても怖いから一応ね。参拝でもしたいのかな?と思えばそのままズンズンと本堂を通り過ぎ裏の方へ回る。そこにはまた山の上へと続く階段がありその階段を登り出す杏寿郎の手を思わず振り解き足を止める。


「ねぇマジで怖いって!なんなの何処に行くの!?肝試しご希望なの!?」

「ワハハ!名前はおばけが怖いのか?可愛いなぁ!」

「おばけじゃなくて何にも教えてくれないでこんなところに連れて来た杏寿郎の方が怖いんだって!!」


そう言えば自身の首に手を添えバツが悪そうにする杏寿郎。その様子を黙って見守っていると彼が口を開く。


「怖がらせてすまない、ただ名前を驚かせたくてこうしてしまった。決して後悔はさせないから信じて俺について来てくれないか?」


数段上の階段に登ったところから私に手を差し出す杏寿郎。疑うようにその手を見た後に彼の顔を見れば、眉を下げ困ったように微笑んでいた。その顔を見て溜息をつけばゆっくりとその手を取った。支えられるようにして黙って階段を登っていけば上の方にうっすらと灯りが見えて来た。


「君をどうしてもここに連れて来たかった。」


階段を登りきったところには何メートルにも広がる大きな藤の木が花を満開に咲かせていた。



〔Wisteria/藤〕


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