うわぁ、と思った。ついでに口元が思いっきり引き攣った。自分の運の無さを呪った。とにかくこの場から逃げたいと思った。気付かれない様にしなければいけない。ああ、折角楽しい休日を過ごせると思ったのに。

「なんっで此処にあいつらがいるの………!!!!」

ぎりりと音が聴こえてきそうな程強く歯を食い縛る。きっと、今の僕の顔は般若の様に恐ろしい形相になっていることだろう。でもそんなの気にならないくらい、僕の心の中は竜巻の如く暴れ狂って荒んでいる。たぶん、今なら視線だけで人を殺せるんじゃなかろうか。そう思うくらい色々と荒れている。気を張っていてもふと漏れ出してしまいそうな殺気を必死で抑えようとするけれど、今にも殺気が溢れ出してしまいそうだ。

今にも真っ赤に染まりそうな視界が、辛うじて僕の意識を保ってくれている。一度溢れてしまえばもう自制は効かなくて、そうなってしまえば今までの全てが水の泡になってしまうという薄い思いがあったから、それで頼りない程のぎりぎりのラインで自我を保てている。それでもかなり危ういところではあるけれど。ふつりと切れてしまえば、もう無理だ。最悪の結果を招く前に、一刻も早く此処から離れなければならない。

強く握った右手から、ぱきりと硬い音がした。

「あーぁ…折角買ったのに、割れちゃった」

一筋の罅が入って、そこからぽたぽたと零れ出した液体。喉が渇いたと思って本当についさっき買ったばかりのアイスティー。一応缶で、凹むことはあってもそうそう簡単には割れない硬い材質のスチールの筈なんだけど。瓶じゃなかっただけまあましかな。瓶だったらきっともっと派手に割れてて破片が飛び散っていただろうし、何より僕の手が血塗れだ。勿体無いことしちゃったな。



地面に一定のリズムで垂れていって、小さい水溜まりを作り始めたのをぼんやりと見詰めながら、数分前のことを脳から掘り起こす。

取り敢えず予定が決まって、ぶらぶら街でも歩こうか、ということになって。適当に支度をして、もう定番で行き付けになっているいつもの街に二人で赴いて。特に何か買うとか用事があるとか、これといった目的がなかったから、気の向くままに歩いてた。お店をふらりと覗いたり、気になったものがあったら見てみたり。普通ではない僕らだけど、まぁ世間一般がそう評価する様な、デートらしいことをして。長閑でたぶん平和と言えるだろう穏やかな時間が過ぎていたと思う。

ふと喉の渇きを覚えて、彼と一旦別れて飲み物を買いに行ったのがたぶん僕の運の尽き。そこで遠目にとは言え、あいつらを見付けてしまった。誰を、何て考えること自体脳が拒否している。僕がここまで嫌悪するのは数人だけ。愚兄とその愉快な仲間達。今日はそれにプラス、笹川京子となんだっけ、ああそうだ緑中の三浦ハルとかいう奴に霧の守護者とかいうのの片割れらしいクローム髑髏。何時にもまして大賑わいな大所帯だ。正直一瞬ぱっと見て直ぐに視線を逸らしたのにここまで正確に記憶できた自分を褒めたい。そうでもしないと本気で色々溢れそうだ。みっともない程の現実逃避だということは理解している。だけど、本当に、本気で、現実から逃げ出したくなる程なんだ。笑われたって罵られたって滑稽だって、哀れだって言われようとも。他人に理解して貰えなくたって構わない。僕はただ、僕自身の安寧を求め、手に入れ、しあわせに暮らしたいだけ。自分の望むままに。




荒れ狂う内心を必死で隠して、抑えて、できる限り気配を消してあいつらから逃げる様に距離を取る。視界から完全にあいつらが消えたところで、彼のところへ行く為に思いっきり走り出した。
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