寝癖で少し乱れた髪を整えて、手早く寝間着を脱いで適当に見繕った服に着替える。シンプルなシャツと、やっぱりこれも飾り気のないプリーツスカート。僕の年齢の女子なら、もっとお洒落に気を遣うんだろうけど、生憎僕はそういうのに全くと言っていい程興味がない。だから"普通"の女子が好む様な可愛らしい装飾品の類を殆ど持っていない。なかったからといって困るものでもないし、正直面倒臭いというのがある。服だって、必要最低限以上持っていないのもその所為だ。基本、動きやすくて楽な格好をしたいというのが根底にあるから、どうしたって飾り気のないものになってしまうんだろう。別に構わないけども。自分が一番納得できる格好をしたい。



………まあ、それでも少しくらいは彼の前で可愛らしい格好をしたいとは思う。けれど無理してそういう格好をしていても自分がきついし、何より灰に怒られる。自分の好きな様にしろ、と以前頑張って魅月ねぇに教えを請うて可愛らしい格好をしてみたときに余りにもきつそうだったらしく、少々怒気を含んだ声で言われてからは彼の前でも楽な格好でいることにしている。考えてみれば彼だって僕の前で着飾る様なことは殆どしないし、思い直してみたらもう人生の半分以上一緒に居るのだから改めて着飾る必要もなかった。自然体で付き合えるって、存外楽なものだった。というより、そのとき耳元で囁かれた言葉が余りにも僕にとっては衝撃が大きすぎたから、っていうのが彼の前でもラフな格好をしている一番の理由だけど。別に無理に着飾る必要はないって言ってくれたのがとても嬉しかった。ありのままの自分でいていいのだと認められることは、思っていた以上に胸の辺りにあたたかい何かを生んだ。

ああ、色々思い出したら恥ずかしくなってきた。
薄く桃色に染まる頬を誤魔化す様に、勢いよく頭を振った。








身支度を整えてリビングに向かう廊下を歩いていると、美味しそうな匂いがふわりと漂ってくる。視界に入ってきたドアはリビングへのドアで、そこからそれはきている様だった。優しい匂いは昼食の匂い。思わず綻ぶ口元はそのままに、辿り着いた扉を開けた。

室内へと入れば、匂いは更に濃くなる。けれど嫌な匂い何かではなくて、寧ろ何だか嬉しくなる様な、胸が高鳴る様な、そんな優しくてあたたかい匂いだ。一番とまではいかないけれど、とても好きな匂いだ。不思議と安心できて、落ち着ける。すとんと落ちてきて、身体が緩む。無意識に口元が笑んでいた様で、彼に少し呆れられた。

「…随分と、嬉しそうだな」

「だって、好きなんだもん、この匂い」

「そうか。気に入って頂けた様で何よりだ」

「灰って何気に器用だよね。料理上手いし」

「必要だったから覚えただけだ」

「えー、だとしたって結構なレベルだよね」

「お前だって相当な域に達していると思うがな」

「あれ、そうなの?」

「無自覚か」

のんびりとしたやり取りをしながら、きっちり二人分の食事が用意されているテーブルに着く。一番強くなった匂いに、また笑ってしまう。ほかほかと温かな湯気を上げて、やっぱり美味しそうな匂いを立ち上らせる、とても綺麗に盛り付けられた和食。献立は普通に白米に具沢山のお味噌汁、魚の煮物に漬物、ちょっとしたデザートで食べやすいサイズにカットされた数種類の果物。完全なる純和食。栄養バランスも完璧だけど。見た目は勿論、味だってそこらの店に負けていないと本気で僕は思っているのに、彼はそんなことはないと何時も謙遜している。確かな実力があるのに、何だか妙なところで謙虚だ。

いただきます、と言ってから箸を取ると視界の端で彼が柔らかく笑ったのを捉えて、それにまた何だか胸がほっこりとする。気恥ずかしくなって、綺麗な形のままの魚の煮物を崩すと、やっぱり綺麗に崩れた。これだけ綺麗で味にも文句のつけようがないのだから、絶対料理人としてもやっていけるんじゃないの、と思ったのは一度や二度じゃない。
彼の家に泊まると、献立は必ず和食だ。洋食が嫌いという訳ではないけれど、気付けば和食で固まっていた。元々二人して和食のほうが好きだったというのもあるのだろうけれど、洋食は余り作らないと思う。外食したら結構食べるけど、家で作るのは必ず和食になっている。まあ和食のほうが健康にはいいらしいし、どっちが好きかと訊かれたら天秤は圧倒的に和食に傾くからやっぱりそうなるんだろう。

黙々と二人して箸を進めていく。無言のままの時間が暫く続くけど、気まずかったりはしない。元々二人共食事中に無闇に口を開く様なタイプではないし、食事中喋る様なことをしないからそれが当たり前になっていて、別に嫌ではない。静かで優しい時間がゆっくりと過ぎていって、それがまた幸せだ。自然なあたたかさに包まれたこの空間が酷く心地良い。








「ねぇ灰、今日これからどうしようか?」

「………特にこれといった用事はないな」

食べ終わって、かちゃかちゃと食器を洗って片付けながら、今日の予定を決めるべくそんな会話を交わす。台所に二人並んでいるから、見た目だけならまるで新婚の様だと佑にぃが泊まりにきたときそう揶揄されたのはつい最近のことだ。勿論そのときこれ以上ないってくらいに佑にぃをボコった。灰が。本人滅茶苦茶平気そうな顔してたけど。灰は怖かった。目が。だって自分が睨まれてる訳じゃないのに背筋が凍えるってどんだけ。

「…あ、何か買いたいって訳じゃないけど出掛けたい」

「唐突だな」

ただ単に本当にそう思ったから言っただけなのに、唐突だと言われた。まあ唐突すぎたって自覚してるけど。

取り敢えず、今日の予定は出掛けるで決定、と。
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