「………嘘。」
ええと、これは僕の目がおかしくなった訳じゃないよね。
試しに頬を抓ってみたけれど痛かった。うん、夢じゃない、これ現実。
あはは、と乾いた笑いしか出ない。
いやいや、休みだから特に問題ある訳じゃないからいいけどさ。
でも、ちょっと、ううん、かなり衝撃がある。馬鹿馬鹿馬鹿、と自分で自分を罵倒したくなった。ううう、と唸りたい。
幾ら休みとはいえ、これはどうなんだ。
思いっきり気を抜いてしまったから自業自得と言えばそうなんだけど。
洗面台に手を着いてがっくりと肩を落とした。
只今の時刻、午前十一時。
もう朝とかいう時間じゃない。お昼だ、お昼。
二度寝して、目が覚めて真っ先に見た枕元の時計が指していた時刻だった。
まさかここまでだとは思いませんでした。
人って、ここまで寝れるんだね。昨日寝たのは十一時くらいだったのに。
つまり計十二時間。半日だ。
うん、人体って面白い。
隣のぬくもりが消えていったと思ったら、彼はもういなかった。
起きたんだ、と思いつつ取り敢えず顔でも洗おうと洗面所に向かったんだ。
あんまりな起床時刻になんだか色々とショックを受けていると、隣に微かな空気の揺れを感じた。
「……灰。気配、消さないでって言ったじゃん」
「悪いな、癖だ。……しかし、前より成長したな。空気の動きだけでわかるようになったか」
「…………それは嬉しいけど、もしかして、僕のこと試した?」
「まあ多少はな。しかし癖だからな、これはどうしようもない」
「……納得いかなーい。本当にどうにもならない? その癖」
「ああ、安心しろ。どうにもお前の前だと気が抜けるらしいからな、訂正する。さっきのは故意だ」
「なーにーそーれー。……何かむかつく」
「……取り敢えず、顔を洗ったらどうだ。まだなのだろう?」
「んー……」
言われて、渋々蛇口を捻って水を出す。
まだ納得できないけれど、取り敢えず今は顔を洗うのが先、と思うことにした。
蛇口から流れる水を掬う為に手を水流に突っ込むと、思ったより冷たかった。
器状にした手に溜まった水を半ば叩き付ける様にして顔を洗うと、幾らか眠気の残っていた頭は随分すっきりした。
水が結構跳ねた所為で前髪が濡れたり水滴が顎を伝って垂れたりしたけれど、どうせ拭いてしまうんだから問題ないだろう。
無言で親切にもタオルを差し出してくれた灰に軽く礼を言って、受け取ったタオルで顔を拭う。
どうやら洗濯したてだったらしいタオルは何となく優しい香りがした。
「ん、灰、タオルありがと」
「ああ。……それで、今日はどうする」
「あー……もうお昼だもんね。取り敢えず、ご飯食べてから考えよ。どーせ明日も休みでしょ」
「……つまり、二日間ずっと居るつもりか」
「だって、あの家帰りたくない。落ち着けないし、何かヤダ。……それに、あいつらと同じ空気吸いたくない。やっぱり此処か零崎の家が一番落ち着くから」
「……そうか」
灰は何も言わず頷いてくれた。
ちらりと彼を見たとき、優しげに目を細められたのには気付かないふりをする。
ああ、やっぱり此処が好き。無条件に受け入れてくれるのが嬉しい。
やっぱり、できることならずっと此処に住んでいたい。早くその時が来ないかな。
取り敢えず着替えてこい、と言われてまだ寝間着のままだったことを思い出す。
あ、と思いながら此処に泊まるときは何時も使わせてもらっている部屋へと向かう。
去り際、彼と視線を交わすのはお約束。
昼食の用意をしておくからなるべく急げ、と投げられた言葉に了解、と返し脚を速めた。
自然と上がる口角は、あそこでは絶対に有り得ない。