彼と待ち合わせるときは何時も、並盛から電車に乗って駅を二つ程行ったところが待ち合わせ場所だと決まっている。
電車に乗るといっても乗っている時間は精々三十分くらいだから、それ程長い訳ではないので別に構わないよ、と彼に言ったのは記憶に新しい。
見つかりたくないのなら見つかりにくい場所で待ち合わせてもいいと言われたけれど、逆にそちらのほうが怪しまれそうだったので丁重にお断りした。
並盛内で何か行動を起こすのは遠慮したい。
勿論気付かれないようにするのだろうけど、それでも何か感づかれないとも限らない。
だから並盛からそこそこ離れたところで待ち合わせることにしている。
がたんごとん、と電車に揺られること約三十分。
時間帯としては帰宅ラッシュではないので、それ程混んではいなかった。
二人で座れる席を見付けたから、仲良く沙夜と並んで座る。
他愛もない話を少女漫画よろしく交わしていれば、時間が過ぎるのはあっという間だ。
目的の駅に着いたところで当然だが降りる。
駅から出れば、並盛よりは緑の多い街並みが眼前に飛び込んできた。
すぅ、と息を吸えば緑の香りが鼻腔を擽る。
並盛もけして緑が少ない訳ではないが、それでも此処と比べたら、やはり少ないだろう。
緑の多い此処は、零崎の家よりかは劣るけど、結構好きな場所だ。なんとなく、落ち着けるから。
やっぱり自然が一番だと思う。
環境的な意味でも、その他の色々な意味でも。
煩わしいものがないって素晴らしいことだ。
息をする度感じる爽やかな香りに和みつつ、ゆっくりと歩く。
特に時間指定はなかった。
けれど彼のことだから、そこそこの時間を見計らっているだろう。
お互いの性格をそれなりに熟知しているから、ぼんやりと予想がつく。
あんまり待たせると悪いけど、待ち合わせ場所は駅から歩いて、どんなに遅くても十分あれば着いてしまう。
ちょっとくらいゆっくり歩いたって罰は当たらないだろう。
彼だって、それくらいのことはしっかりわかっている人だから。
元々僕がそんな何時間も人を待たせるような、悪い意味でいい性格をしていないというのもあるだろうけど。
沙夜の歩幅に合わせて歩いていると、数十メートル先に件の待ち合わせ場所が見えてくる。
こぢんまりとした、けれど落ち着いた雰囲気の洒落たシックな喫茶店。
からんからん、と気持ち良くベルを鳴らしながら店内に入れば、時間が時間の為か人は疎らだった。
そしてその中から、何気に目立つ二人組を見付けて、無意識に口元が綻んだ。
「沙夜ー、こっちこっち」
予想はしていたけれど、僕達が店に入った時点で気付いていたらしい佑にぃが、それはそれは素晴らしい笑顔で沙夜に手を振る。
その無駄に輝かしい笑顔にあ、何かうぜぇと思ってしまった僕はきっと悪くない。
気付いていたのは灰も同様で、視線が合うと、ふ、とほんの少しだけ微笑まれる。
珍しい彼の微笑みにすこし気持ちが高揚する。
ぱぁあぁと佑にぃに会えたことで一気に嬉しそうな顔をした沙夜と二人が座る席に近付くと、僕達が腰を降ろすより早く沙夜を引き寄せる腕があった。
それは言わずもがな佑にぃで、あっという間に沙夜の華奢な身体を腕の中に閉じ込めると早速構い倒し始めた。
人のこと言えるような立場じゃないけど、見ていてちょっとうざいと思うくらいには甘い空気が漂う。
相変わらずお熱いなぁ、と思いつつ灰の隣に座ると、いきなり頭をぽんぽんと撫でられて驚いた。
思わず灰を見上げれば、彼は少し複雑そうな顔をしていた。
「……いきなり何なのさ、灰」
「何かあったか? 不機嫌そうだったのでな」
「……あー、そうゆうこと。ていうかお見通しなんだね。 うん……まぁ、あったと言えばあった。そういう訳だから付き合って」
「可能な範囲でだがな」
「大丈夫、無茶苦茶なことは言わないから。……じゃあ、そうだね。ケーキバイキング行きたい。ちょっと今やけ食いしたい気分だから」
「あ、私も行きたい!」
「沙夜が行くんだったら俺も行くー」
「……灰は?」
「付き合うが。可能な範囲で付き合うと言ったからな」
「じゃ、行こ。ここの街のケーキバイキング一回行ってみたいって思ってたから。……学割って出来たっけ」
「たぶん出来たと思うよ?」
「もうやだ沙夜可愛いマジ俺の天使」
「佑にぃ五月蝿いっていうかうざい」
ていうか、いちゃいちゃするのは別に構わないけど、他のお客さんの迷惑になるんじゃなかろうか。