昼休みにあの二人を沈めてからは、放課後まであいつらが僕らに何か接触してくることはなかった。
 遠目からでは確信できないけれど、どうやら二人共昼休みのことはよく記憶に残っていないようで幸いだった。  ただやっぱり鬱陶しく視線を向けられたけど、そこはまあ、何時ものことなので本音は凄く嫌だけど、許容しよう。憶えていないのならそれでいい。
 でも今の問題はそこじゃなくて、目の前で煩わしくもたもたと何やら意味不明な動作を繰り返している愚兄だ。
 昼休みが終わりかけて、時間を見計らって教室に戻った僕らに、ずっと何か意味ありげな視線を向けていたのは気付いてた。
 僕だけじゃなくて沙夜も。沙夜は沙夜で鋭いところがあるから、気付いてもおかしくはない。余りに露骨で鬱陶しすぎたから。
 隠そうという気なんて微塵も感じられなくて、もう露骨すぎて逆に吐き気と眩暈を覚えたくらいだ。
 勿論余りにしつこいし鬱陶しいから、さっさと沙夜と一緒に帰ってしまおうと思った。
 彼との約束もあったし。
 だからHRが終わった途端荷物を持って沙夜の手を引いて帰ろうと思ったのに。
 思ったのに、こいつはわざわざ教室を出ていこうとする僕らを耳障りな大声で呼び止めて、他の奴等の注目を集められてしまったから気付かない振りして、無視してさっさと行ってしまおうという考えが水の泡になった。
 全くもって忌々しい。ついでに滅茶苦茶うざい。
 内心そんな感情が泥のようにどろどろ渦巻いていたけれど、それを全て隠しきってにこりと作り物の笑みを浮かべて、心の中で小さく舌打ちながら目の前の愚兄に向き直った。

「何、綱吉。どうかした?」
「あ、えっと、その……藍と、……沙夜に、その、話が……」
「そう。どんな話?」

 そんな問答を繰り返し、冒頭に戻る。
 何の話、と問うたのに、この愚かな兄は答えを返さず前述のような意味不明の動作を繰り返すだけだ。
 視線をうろうろと彷徨わせたり、手を握ったり開いたり、はたまた制服の裾を掴んでみたり。
 何の意味も感じられない行動ばかりをずっと繰り返している。
 あーもう本当に鬱陶しい。
 言い澱むなら、ちゃんと事前練習なり計画なり立ててこいっての。
 こういう感情を表に出すようなヘマはしないけども。
 いい加減我慢が限界に達しそうなところで、やっとこ愚兄は口を開いた。

「き、今日は……いっ、一緒に……帰らないか?」
「ごめん……僕達、今日はこれから予定があるから、無理。ホントにごめんね? 綱吉」
「そ、そっか……」

 本当に申し訳なさそうに言えば、愚兄はすごすごと引き下がっていった。
 それ程手間を掛けることなく、愚兄の頼みを断れたことは、まあ良しとしよう。
 しかし、内容は……笑わせないで欲しい。
 一緒に帰ろう? ふざけんな、そんなの絶対お断りだ。
 何で僕らがお前達と一緒に帰らなくちゃならない。
 どうして大嫌いなお前等とわざわざ馴れ合わなくちゃならない。
 関わりなんて、持ちたくないのに。
 少しでも関わりを持てば、結果面倒なことに巻き込まれるのは目に見えている。
 主にうざいアサリ貝さんとか。
 そんなの絶対に嫌だ。
 僕達は“あっち”の世界で楽しく幸せに暮らしたいのに、こいつらと関わってしまえば、それは容易く打ち壊されてしまう。
 それは一番嫌なこと。絶対避けたいこと。
 だから、気を付けないと。あいつらの『事情』とやらに巻き込まれてしまわぬよう。
 未練がましく何度も此方を振り返り、ちらちらと視線をよこしてくる愚兄を綺麗にスルーして、沙夜の手を引いてさっさと校門を出る。
 ちらりと様子を窺えば、沙夜も少し嫌そうな顔をしていた。
 その証拠に、きゅっと僕の手を握る力が強くなる。

「藍ちゃん」
「なぁに? 沙夜」
「綱吉くん達と一緒に居ると、私達ゆーくん達とは一緒に居られなくなっちゃうんだよね?」
「……そうだよ」

 嗚呼、きっと沙夜にこれを教え込んだのは佑にぃだ。
 本当にあの人はこの子を自分のところにとどめおく為に容赦がない。尊敬の念すら浮かぶ。
 そして、少しの恐怖も。
 狂気的ですらある佑にぃのこの子への想いが、純粋に凄いとも思うし、恐いとも思う。
 けれど、それ程までに強くこの子のことを愛しているという事実に変わりはない。
 でも、佑にぃが沙夜に教え込んだことはあながち間違ってもいない。
 あいつらに引き摺りこまれてしまえば、僕らの望む生活が壊されてしまうのは事実だから。
 きっと佑にぃは沙夜を手放したくないからあんなことを教え込んだんだろう。
 でもその思いは僕も同じだから、小さな声で「そっか、」と呟いた沙夜の手を引いて待ち合わせ場所へと急いだ。
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