とたとたすたすた、小さな足音とそれに合わせた大人の足音。直弥と雅の二人を残して倉庫を出てから、旭達三人は丁度昼時ということもあり、どうせだからそのまま昼食にしてしまおうと食堂へ向かっていた。勿論、余り人目につかない道を選びつつ、時折軽い談笑等を交えながら。
「ねぇ旭兄」
「なんですか?」
「本当によかったの?直兄と雅姉だけ置いてきちゃって」
「ああ、別にいいんですよ、…どうせ僕らが居ないほうが好都合でしょうし」
「そっかぁ…」
「ていうか、旭」
「はい、なんですか凛」
「直弥のあの怪我、わかってて敢えて放置したでしょ」
「当たり前でしょう」
にっこりと、悪びれもせず言い放つ。とても綺麗な笑顔だった。罪悪感など欠片も滲ませず、楽しくて仕方がないと物語っているような。
そんな弟の笑みをちらりと一瞥し、凛ははぁ、と息を吐く。何とも言えない複雑な気持ちだった。ある意味自分も同類だから強くは言えないが、こうも清々しいまでに悪びれないのもどうかと思う。
直弥の腕の傷には、三人ともすぐに気付いていた。ただそのことに誰も触れないでいたのは、凛と旬は直弥自身が何も言わず気にした様子も見られなかったから自分達が口を出すことではないと判断し、旭は何も言わずにいたほうが面白いことになりそうだと、誰も何も触れなかった。一応隊長である彼自身が何も触れてこないのであれば、わざわざ自分達が横から口を出して余計な世話を焼く必要はないのだと。治療はいつも雅に任せている直弥の雅への気持ちも彼等は薄々感づいていたし、雅に任せていれば少なくとも彼が死ぬような事態に陥る心配もなかった。
しかし一番の理由は、単純に放っておいたところで、大した問題はないと判断したからであろう。基本、面倒なことには関与したくないというのが彼等の持論である。
「…ここから、どういう風に動くんでしょうねぇ」
「………」
そんなの、知れるんだったらすぐにでも知りたいと、声に出さずに凛は呟く。明らかに楽しんでます口調と雰囲気の旭に、自然と眉が寄る。ちらりと隣をとてとて歩く幼子に視線を向けると、そっちはそっちで少し不機嫌そうだった。しっかり了承してあの場を離れた筈なのだが、それでも多少気に障るところがあったらしい。べったり懐いていると言っても過言ではないほど雅が好きな旬のことだから、不服に思っても、仕方ないことだとは思う。それでも潔く引いたところは、充分偉いと褒められる。
良く雅がそうするようにぽんぽんと旬の頭を撫でてやれば、ほんの少しではあったが口元が綻んだ。幾らその身に強大な力を秘めていようと、まだまだ甘えたい盛りの子供で、可愛い弟分だ。凛もまたくすりと笑って、優しく頭を撫で続けた。
横目でそんな二人の様子をこっそり観察しつつ、旭はふ、と笑う。楽しくて仕方がなかった。今頃、倉庫の二人がどんな事態になっているのか、想像するだけで笑いが止まらない。楽しいことが大好きな性分の彼の中に、遠慮という言葉は存在していない。寧ろ、ちょっかいを出して余計にややこしくする始末だ。旭はそんな自分の性質を改めようとは思っていないので、特に気にしない。
これからどういう方向に自体が転換するのか、想像を馳せた。
ともかく昼食のメニューを決めようと、全く別のことに思考を巡らせつつも旭は口を開いた。
「…取り敢えず、何を食べるか決めません?」
「僕お蕎麦が食べたい」
「この辺に美味しいお店ってあった?」
「確か…あったと思いますけど」
「だったら時間もあんまり無いし早く行きましょうよ」
「そうですね」
倉庫で妖しい雰囲気に陥っている二人のことなど気にせずに、彼等は暢気に路地を進む。