皮膚と傷口に触れた部分から、ゆっくりと水球が染み込んでいく。吸収されるように、じわじわ傷口とその周りの皮膚に密着して身体に入り込んでくるのだ。身体の内部、その奥深くまで染み込んでくる。筋肉、血管、脂肪を通り越し、骨にまで侵入してくるような感覚だ。消毒液をかけられたような沁みた感じはないが何しろ冷たい。とても冷たい。痛みを伴わないだけましかもしれない。余りにも冷たくて、凍り付きそうになる。

蛇口を捻って流れ出てくる水よりも、押し当てられる水球はとても冷たい。真冬の氷が張った池や河に飛び込んだような感じだった。体感温度はまるで氷そのもの。

余りの冷たさに、思わずぶるりと身体を震わせれば、雅からまたも氷点下の視線を頂いた。それにまたつつっと冷や汗を流しつつも、黙って頷いて凍りそうなほどの水温を我慢する。拷問とも言える治療法だと思うが、効果は折り紙付きである。かなりキツいが、その結果と治療水準のクオリティの高さは、何度も身を持って知っていた。

ほんの少し我慢して身体を襲う冷気に耐えればいいだけだ。

そうして我慢していると、傷口が徐々に塞がってくる。顔を覗かせていた紅い細胞組織が徐々に断ち切られた箇所からゆっくり繋がっていく。紅色はだんだん見えなくなり、傷口がうっすら薄くなっていった。ゆっくりではあるが着実に治癒していく。じっとその様を観察するというのも、なかなか体験できるようなものではない。ここまで深い怪我を負うこともそうそうなく、治癒されていく過程も気付けば終了していたので、ここまでじっくり観察する機会はとても珍しく貴重である。いつもは本当にあっという間に終わってしまうのに、こうじっくり時間を掛けて治療していく彼女の意図は汲み取れないが、彼女なりの自分への牽制というか注意というか、──心配、なのだろうか。

それも自分の推測であるから、思い浮かんだ考えが、正解だとは思わない。けれど、そうであれば、嬉しい、と思う。しかしそれは到底叶わないのであろう、どうせ己の願望なのだから。所詮は、憶測だ。自分からの一方的な想いであって、雅が自分にそのような感情を抱いてくれることこそ、有り得ないのだろうと思っている。


そっと瞼を伏せて、浮かんだ考えを払拭した。気付けば一番大きな傷は既に傷跡もわからないほど塞がり、綺麗に治癒されていた。雅はまた水球を造り、今度は比較的軽い外傷へと当てていく。それほどのダメージでない傷はあっという間に消えていき、痛みも流れていた鮮血も消え失せる。やはり先ほどはわざとゆっくりさせていたらしい。また身体を襲う冷たさをこらえ、そっと雅の表情を窺えばやはり無表情で、心配げな瞳を向けてくれることなどなかった。彼女ならば例えそんな感情を抱いていても、隠しきってしまうのだろうが。


先ほどの傷は酷かったので、そこそこの時間が掛かったが、小さな傷は本当に一瞬で消えてしまう。すっと一瞬水球に触れただけで次離したときにはもう肌に何もない。数が多いのでやはり時間は掛かるのだが、傷一つ治療する時間だけで見るならば、ほんの数秒であった。


相変わらずの速さに息を吐き、ただ静かに終わるのを待つ。血を失った所為でまだ安定しない意識を諦め、先ずは怪我を治療されることを甘んじて受け入れることにした。幸いにも、出血量は多いが輸血をしなくてはならないほどではない。精々、頭が働かず、歩こうとすればふらつき、覚束ない足取りになる、それだけだ。

──どうせ、一晩も寝れば治るのだろう。

それにしても血を失いすぎるなど何たる失態だ、と自分を罵り罵倒することが先決であった。
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