「…その返答からして、どうやら正解のようですね」

すぅっと目を細め、確認するように呟く旭。此方の浮かべる笑みは常のそれと変わらず柔和な、優しささえ感じられるもの。弟の笑みを認めることで、漸くさっきまで五月蝿く脈打っていた心臓が落ち着きを取り戻してきた。ほぅと詰めていた息を吐き出して、意識を切り替える。

「他に、ご用件は?」

「いや、ない。取り敢えずは、各々で調べてくれ。俺も勿論調べるが、──旭、人間関係的なところはお前のほうが得意だろう?」

「…まぁ、否定はしませんね」

「…直兄、」

「なんだ、旬」

「どうして、…どうして反撃しないの? 何の抵抗もしないの? やられっぱなしで、悔しくないの?」

「………」

ぎりぎりと拳を血が滲むほどに強く握り締め、まるで怒りを堪えるかのように言葉を搾り出す旬に、直弥は一瞬だけ目を細め、ぽんぽんと何も言わずにその小さな頭を軽く優しく撫でた。ぽかん、と呆気にとられ不思議そうに自分を見詰めてくる幼子に、彼は困ったように小さく笑って頭を撫で続けるばかりで、その疑問には一言も答えてくれなかった。頭を撫でる手つきは優しくて安心感を与えるぬくもりがあるが、それは遠回しに旬の疑問に答えてくれる気はないのだと物語っていた。

昔から頭を撫でられると、どうしてか強く出ることができない。その理由はまだまだ甘えたい盛りであることが関係していたり、単純にそうされるのが好きだったりと要因は様々なのだろうが、自分が大好きな、──大切なひとにそうされてしまったら、それだけでまだ自分には教えられない事柄なのだろうと、頭のどこかで理解していたのかもしれない。子供扱いされているとも言うのだろうが、その中に彼らが自分を想う気持ちが少なからず含まれているのだと知ってからは、あまり深く追求してはいけないのだと、自分に言い聞かせていた。



(…だけど、だけど)

それでも、大切なひとが傷つけられるのを黙って見ていることしかできないというのは、辛い。簡単に死んだりするような柔な人物ではないと解っていても。自分の無力を、嫌というほど痛感させられるのだ。

くしゃりと顔を歪め、ぐ、と唇を噛み締める。じわりと血が滲んで鉄の味が口の中に広がろうと、気にならなかった。
目敏く気付いた直弥に止められるまで、ずっと俯いたまま、自分がどれだけ無力な存在なのか、痛いほど理解していたのだ。


「…旬」

「っ…!」

静かな声で名前を呼ばれ、びくりと肩を跳ねさせた。恐る恐る直弥を見やれば、彼は小さく苦笑してまたぽんぽんと旬の頭を撫でる。怒られるのかと思ったから、ぽかん、と開いた口が塞がらなかった。

「旬、俺は充分お前のことを頼りにしてる。 …今回のことは、俺にも考えがあるんだ」

「…考え?」

「…因みに、お訊きしても?」

「相手がどれだけ自分達と格が違うのか、思い知った時の馬鹿な奴らの顔、見たくないか?」

「………悪趣味ね。やっぱあんた最低だわ」

「何とでも言え。俺には俺のやり方がある」

脱線した会話を繰り広げる彼らの言葉は旬の耳には一切入らず、代わりに旬の脳内を占めていたのは、「頼りにしている」の、文字数にして七文字の言葉。

───それじゃあ、僕は。僕は、直兄に。…頼られてるの?

頼って欲しいと思っていた。飛沫の隊員としてではなく、「秋月旬」という個人に。嬉しかったのだ。頼っていると言われて、彼の中に自分が存在しているのだとわかって。無力なのだと思っていたから、余計に喜びが大きかったのだ。
気付けば直弥に抱きついていた。

彼は旬を振り払うことなどせず、ただ苦笑してされるがままになるだけだった。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -