私には、好きな人がいる。



「みょうじ」

「ん?」

「ずっと言いたかったことがある」

「何?スネイプ」

「その…」

「うん…」



スネイプが私を見つめる。少し震えている唇が憂いを帯びている気がする。物欲しそうな目が見え隠れする。そんなあなたに、恋をしている。







「見てるだけじゃなくて、手伝ってくれないか」

「え?無理。自分ヤモリなんて触れないっす」

「…はあ」


魔法薬学なんて嫌いだ。でもこうしている時間は好き。不器用で要領の悪い私は調合を全てスネイプに押し付けて、スネイプ観察の時間。陰険根暗な彼だが、調合をしている時はいくらか楽しそうだ、長い指は手際よく材料を刻む。…よくヤモリなんか触れるよなまあ似合ってるけど。そして目は…

(また見てる…)

どんな彼の仕種も見落としたくはないけれど、これだけは気づきたくなんかなかった。
彼はいつも、あの子を気にしてる。




「ちょっとポッター!あなた鍋に何を入れたの?どうしてこんな真っ赤になるの!」

「まるで美しい君の髪のような色だねリリー!」

「黙りなさい!」



少し離れた席から上がる声。呼ばれるあの子の名前。物寂し気なあなたの視線。
このことに気づいたのは、もうずっと前だった。


「スネイプ?」

「…ん?」

「…手伝う」


それでもいいと思った。だって今スネイプの一番側にいれるだけで幸せだから。





「パッドフット!それは駄目だって!」

「なんだよブロングズ!」


(………ばかみたい)


悪戯仕掛人なんか、大嫌いだ。










「うげっ!手がヤモリくさーい」

「お前結局ヤモリ触らなかっただろ」

「雰囲気だよ雰囲気!あーくさいくさいっ」

「…ふん」



結局、調合はほとんどスネイプがやった。いや、ほとんどってうか全部?
授業の帰り道。こうやって二人で寮に帰るのが日課。





「スニベルス!」

後ろから声がする。振り返った瞬間、バン!という衝撃音と共に光が放たれ、目がくらむ。何が起こったのか理解出来ないが、一瞬、光の向こうからなにかがこちらへ向かってくるのが見える。

「スネイプ!」

反射的に彼の腕を引っ張り、間一髪のところで避けることができた。彼が元いたところには水貯まりができていた。どうやら投げられたのは魔法がかけられた水風船だったらしい。
こんなことをするのは彼らしかいない。そう、私の、私たちの大嫌いな彼ら。


「あーあ、失敗しちゃった。折角君のために新しく考え出した魔法だったのにな」

「ポッター!いい加減にして!」

「やあみょうじ、でも君を狙ったわけじゃないんだよ。君は危ないからその陰険根暗な奴から離れた方がいいんじゃない?」


悪戯仕掛人のジェームズ・ポッターはそのくしゃくしゃの掻きながら馬鹿にしたように言った。


「もうスネイプにこんなことしないでって、いつも言ってるでしょ!」

「そんな風に言われてスニベルス、君ってば情けなくないのかい?」


挑発的に笑うポッター。すると次の瞬間、苦虫を噛んだような表情のスネイプがローブに手をかけ、杖を出そうとした。


「貴様…」

「駄目!スネイプ!…」




バシャッ!




スネイプを静止しようと彼に手を伸ばすと、その彼の背中に何かが当たったのが見えた。その彼越しに水滴が飛んでくる。一瞬、何が起こったか全くわからなかった。





「女に守られてるなんて、本当情けないんだよ。スニベルス」



振り返ると、後ろにはもうひとり、ポッターの仲間がいた。
シリウス・ブラック。ポッターの親友、ポッターと同じように挑発的な笑い。
スネイプの水滴の正体は、シリウス・ブラックが投げた、もうひとつの水風船だった。



「シリウス…ブラック…」


「でかしたねパッドフット!」

「ふん、いい様だなスニベルス!」


笑う二人。怒りが込み上げる。地面に膝をついているスネイプに私はハンカチを差し出すことしか出来なかった。最低、本当に最低だ。
二人を睨みつける。それしかできない。だけど二人は相変わらず馬鹿にしたように何か言っている。






―女に守られてるなんて、本当情けなくないのかよ―




どうして?

だって昔の「君」は…





「ど…して…」

「みょうじ?」






「どうして、シリウス?」

「…え?」

「シリウス?パットフット?」

「…………」


シリウスを真っ直ぐ見つめる。彼も私を見つめる。よく知っている、その灰色の目。その目だけは今も、ずっと変わらないのに。だけど…




「何で、こんなに、変わっちゃったの?」


「パッドフット…君、みょうじと…」

「………」

「もうシリウスなんて…大嫌い!」





涙が出た。なぜだかわからない。本当のことを言っただけなのに、堪えきれない程の涙が出た。




スネイプの腕をとって、急ぎ足で寮へ戻る。途中、背を向けたポッターから何か言う声が聞こえた気がした。でも何も聞こえない振りをした。








「みょうじ、」


寮の前まできたところでスネイプは私が握っていた腕をやんわりと振りほどいた。名前を呼ぶスネイプの方へ顔を向けることはできない。だけどスネイプはきっと、私が泣いていることをわかっている。


「ひとつだけ、聞きたいことがある」

ひとつだけ、と言ったのはきっと、彼なりの優しさなのだろう。

「お前と、ブラックは…」

「そうだよっ」


ずっと隠していた。ずっと言えなかった。だってあいつはスネイプをこんな風に…



「シリウスは、私の幼なじみで…」


ずっとわからなかった。昔はすごく優しかった。ずっと一緒にいたいって、そう思ってた。そんなあいつのことが、好き…だった。


「私の、初恋」


でもあいつは変わった。ホグワーツに入学して、私はスリザリン、あいつはグリフィンドール、敵対する寮だと言っても、昔のように変わらない関係だと思っていた。でも、そう思っていたのは私だけなのかな?
あいつはいつの間にか、私の知らない人になってしまったみたいだ。


「ごめんね、スネイプ…」

「…いいよ」


スネイプはその大きな手で私の頭を撫でてくれた。その不器用な優しさにまた、涙が出た。










「まさか君とあのみょうじが幼なじみだったとはね」

「…もう関係ねェよ」

「それは彼女がスリザリンだからかい?それとも…」

「………」

「彼女がセブルス・スネイプに好意を寄せているから?」

「…っるせー」

「もうやめなよ二人とも」

「ムーニー!今いいとこなんだ!」

「そう?あー、なんか今談話室でリリーがジェームズの話をしていたような…」

「何だって!?今すぐいくよリリー!」

「…ふう。さて、シリウス」

「なんだよムーニー。チョコならねぇぞ」

「それは残念だ。君の彼女に対する態度と同じくらい残念だ」

「………」

「まだ、あのこと気にしてるの?」

「………」

「それでいいのかい?」

「…っるせー」

「まあ、よく考えるんだねー」




俺は…今でも考える。…お前のことを。

ブルー
こんがらがって

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