言葉のお勉強


この前受けた英語の小テストが今日の授業の最後に返却された。
元々英語が得意じゃない上に、抜き打ちだったので勉強していなかった私は目も当てられないような結果を叩き出してしまった。
答案用紙を手に絶句していると後ろから覗き込まれて「うわぁ、酷い結果」と改めて言われた。
勝手に人のテストを見ないでよ。
しかし声の主に反抗しても自分が言い負かされることは分かりきってる。
思ったことを飲み込んで、深い深い溜め息をついた。
対照的に後ろにいる翼はニコニコと笑っている。
チラッと翼の答案用紙を見ると想像通りの高得点。
顔を見ると「当然だね」と言われた。くそぅ。
自分の頭の悪さと、翼の頭の良さに絶望して机に突っ伏す。
「来週またテストするからなー。しっかり勉強しとけよー」と先生が恐ろしい言葉を言い残して教室を出て行った。


「うげぇー…」


私の後ろにある自分の席に座りながら楽しそうに翼が言う。


「お馬鹿なみょうじさん?勉強見てやろうか」


ガバッと起き上がり、振り返るとニッコリと翼が笑っていた。うわ、眩しい。
いつもは悪魔のように見えるこの笑みも、今回ばかりは天使のように見えた。
プライドも何もあったもんじゃない。
翼の手をガシッと握り「よろしくお願いします、翼様!」と言った。
そういうことで、翌日に私の家で勉強を見てもらうことになった。



翼を部屋に招き入れ、早速勉強に取り掛かる。
とりあえず昨日返却された問題の間違っている箇所を見てもらう。
そして、翼から渡された問題集を分からないところ聞きながら、なるべく自力でやっていく。
その間、翼は他の勉強をしたり、私の部屋の本棚を物色していた。
別にやましいものがあるわけじゃないので放っていたら「ねえ」と声を掛けられた。


「何ですかー?」
「これ何?」
「んー?」


顔を上げたら翼が1冊の本を持っているのが見えた。
タイトルをよく見る。
それは見つからないようにと本棚の後ろの方に隠していたイタリア語の本だった。
思いも寄らない展開に思考が停止する。
別にいやらしい本ではないし焦る必要なんてない。
無いのだが…不意打ちだったためにそこまで頭が回らなかった私は何故か言い訳を始めていた。


「ち、違うの。それは、その、親の本で。私が自分で買ったわけじゃなくて。本当に違うんです」
「なるほどね。なまえの本で、なまえが自分で買ったんだ」
「なんでそうなるの」
「なまえって分かりやすいから」


笑いながらそう言われた。くそう。
「何でイタリア語なの?」と聞かれた。
何と返したものかと困りながらチラッと翼を見るとニヤニヤと笑っていた。


「まあ、なまえの考えることなんて大体分かるけどね」
「そ、そんな馬鹿な…」
「じゃあ当ててあげるよ。この間の僕と玲との話、聞いたんでしょ。それで外国語を勉強しようと考えて本を買ったってところかな。何でイタリア語なのかは分からないけど、大方本屋で目に留まったからって感じだろ」


ば、バレてらっしゃる…。
翼の言った『この間の話』とは、翼の将来の話だ。
この間、翼と玲さんがヨーロッパのチームについて色々と話しているのを聞いてしまったのである。
その時は「あー、そうか。この人は将来遠くへ行ってしまうんだなぁ」と何となく聞いていた。
連れて行って欲しいなどと言うつもりはない。
そんなつもりはないが、心の何処かでは一緒に行きたいと思っていたのかもしれない。
その日の帰りに立ち寄った本屋で見つけたイタリア語の本を衝動的に買ってしまった。
翼がどの国に行くかとか全く知らないが、何となく目に留まったので買ってみた。
ヨーロッパだし。イタリア語は覚えやすいとか誰かが言ってたし。

「連れていって欲しいとか…図々しい奴」などと言われたら立ち直れなくなるので、翼には秘密にして一人で勉強していたのだ。
ことごとく言い当てられ、本当に全て見透かされているように感じ恥ずかしくなった。

そんな私を横目に、本棚に本を戻しながら「なまえの場合イタリア語より先に英語を勉強した方が良いと思うけどね」という。確かに。正論である。


「最近妙にソワソワしてるから何か隠し事してるなって思って突き止めるために家まで来たけど…何だ、こんなことだったのか」


つまらないとでも言うように溜め息をついた。
勉強していることを内緒にしていたが、隠し事をしているということはバレていたようだ。
ああ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。
頭を抱えて机に突っ伏す。最近こんな光景を見た気がするよ。
本棚から私の正面まで歩いてきて腰を下ろす気配がした。
恥ずかしくて泣きそうになりながら机に伏せていると思いも寄らない言葉が聞こえた。


「勉強するならイタリア語じゃなくてスペイン語にしなよ。僕が行くのスペインだから」


言っている事の意味が分からずに硬直してしまう。本日二度目のフリーズ。
ゆっくりと顔を上げるとすぐ側に翼の整った顔があった。
満面の笑みを浮かべている。


「えっと、翼さん。仰っている意味がよく分からないのですが…」
「一緒に行きたいんでしょ?連れて行ってあげるよ。ただし、ちゃんと勉強してね。英語とスペイン語」


そう言いながらデコピンをしてきた。ヒリヒリとするおデコを摩る。
翼に言われたことがおデコの痛みと共にジワジワと広がっていって、今度は嬉しくて泣くかと思った。
一緒にいて良いと言ってくれたことが純粋に嬉しくて、だらしなく緩んだ顔を隠すように下を向いて「頑張ります」とだけ言っといた。


【言葉のお勉強】


(とりあえず、来週のテスト80点以上とってね)
(え…来週のですか…それはちょっと…)
(とってね)
(が、頑張りまぁす!)



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

翼さんがイタリアに行くと勘違いしていたのは私です。
まさかスペインだったとは。


2012/04/15


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