餌付け



熱い視線を感じる…。
いや、私にではなく。
私の持っているお菓子にだ。

隣の席でこちらをジッと見つめて来る大きな子どもに声を掛ける。


「紫原…何か用ですか?」
「それって新作のお菓子でしょ?」
「うん、そうだよ」


口に出して言ってはいないが、目が「良いなー、ちょうだい」と言っている。
目で語っている。

お菓子の袋をサッと動かす。
それに合わせて紫原の視線がサッと動く。
お、面白い…。

早く動かしたりして遊んでいたらヌッと長い腕が伸びてきた。
私の手から奪い取ろうと思ったのだろう。
そうはさせまいと、お菓子を胸元に引き寄せる。

すると紫原が「うっわぁー」と声を上げながら机に突っ伏した。
それを見て笑う私。
顔をこちらに向けて私を睨みつけてくる。


「俺で遊ぶなし」
「ごめん、面白くてつい」
「みょうじちん意地わりぃ」


頬を膨らませる紫原。
子どものような拗ね方である。
2m越えた大きな身体なのに可愛く見えてしまう不思議。
ニヤニヤ笑いながら「紫原は可愛いねー」と言うと「可愛くねぇしその顔すげームカつく」と言ってそっぽを向いてしまった。

机に伏したまま私と反対側を向いてしまった紫原。
その背中には『俺は不機嫌です』と書いてあるようだった。

いけない、ちょっとやりすぎた。

不機嫌オーラを放っている背中を軽く叩く。
反応はない。
もう一度叩いて「おーい、紫原ー」と声を掛ける。
少し間を置いてから「なに」と反応が返ってきた。

声の感じから相当拗ねていることを察してご機嫌取りのためのまいう棒を鞄から取り出す。
格子状に重ねていきタワーを形成する。
まあ、タワーと言ってもそんなに本数持っていなかったので大した高さにはならなかったが。

紫原の大きな背中をつつく。


「こっち向いてくださいよー」
「……やだ」
「ごめんってー」
「……みょうじちん何が悪かったか分かってないっしょ」
「紫原で遊んだことでしょ?」
「……ちげーし…それだけじゃねぇし…」
「マジでか」


困った。紫原が何で不貞腐れているのかが分からない。
思い当たる節もないしなぁ。
まあ、でもコレを献上すれば機嫌も直るであろう。

席を立って紫原の正面に回り込む。
しゃがんで目の前でまいう棒(地域限定のレア物)をチラつかせる。
まいう棒を見せつけたままグルッと自分の席の方へ戻る。

紫原の頭はまいう棒に合わせて移動していき、遂に反対側にある私の机の方を向いた。
そしてまいう棒タワーを見て固まった。
視線はタワーに釘付けで、半開きになった口からは今にもヨダレが垂れそうである。

鞄の中から期間限定のお菓子を取り出しタワーの横に並べて置く。
さっき食べていた新商品も一緒に置いた。
そして頭を下げて「お許しくださいませ紫原さまー」と言う。

するとハッとして「こ、こんな賄賂じゃ懐柔されねーし」と動揺しながら呟いた。
もう一息かな。
タワーを崩さないように気を付けながら紫原の方へ机を寄せる。


「どうぞ、お納めくださいませー」
「うぐ……」


私の机に積まれた沢山のお菓子を見ながら眉間に皺を寄せ唸り声を上げている紫原。
気持ちが揺らいでいるのが見て取れる。

私に出来ることは全てやりきってしまったので、彼が結論を出すまで待つことにした。

しばらくして唸っていた紫原がキッとこちらを見た。
そして「今回だけだかんね」と言った。

勝った!

にやけているのがバレないように頭を下げ「ははーっ! 有り難き幸せー」と大袈裟に返す。

私の思い通りに事が進んでしまったことに納得がいかなかったようで紫原はさっき程ではないが、まだ若干ムッとしていた。


「何か馬鹿にされてる感じがすんだけど」
「そんなことないよ」
「大袈裟な言い方したりさ…」
「ごめんごめん、時代劇がマイブームでして。真似してみた」
「ホント?」
「本当、本当!」


引き続きムッとしていたが、何か思い付いたのか二ヤっと笑って机に肘を付いた。


「みょうじちーん」
「んえ?」
「余は腹が減った」
「…はぁ…」
「あ」


そう言って口を開けた。
机に置いたままにしていた新作のお菓子を手に取り、紫原の開いている口に放り込む。
…コレで合っているのであろうか…。

不安になりつつ紫原を見上げると、咀嚼しながら満足そうに「うむ」と呟いていた。
良かった、合ってた。
もう完全に機嫌は直ったようだ。

再び開けられた口に、先程と同じようにお菓子を入れ食べさせる。
幸せそうにお菓子を食べる紫原。
やっぱり可愛いなー。
思わずにやけてしまう。
紫原はお菓子の味が好みだったらしく目を輝かせた。


「このお菓子、結構おいしいね」
「そうですね、殿」
「まだ続けるの? ソレ」
「へへへ、良いではありませんか」
「まあ、良いけどさ」


そう言って小さく笑った紫原に引き続きお菓子を食べさせる。

こんなことで機嫌が直るなんて紫原は単純で可愛いなと思った。
これだから子どもの相手は面白い。

紫原に「みょうじちんって扱いやすいなー。ホント単純」と思われているなんて全く思っていない私は、ヘラヘラ笑いながら餌付け(冷静に考えれば、「あーん」と食べさせてあげている、とても恥ずかしい行為)を続けるのであった。


【餌付け】



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

初書きむっくん。
ちなみに紫原くんの機嫌が悪くなったのは「可愛い」って言われたからです。
そのことを上手く書けなかった…無念…。


2013/08/28


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