文字T


「うおーい、なまえー!」
「ん?」


部活が終わり、家に帰るために門に向かって歩いていたら元気な声に呼び止められた。
振り返るとノヤが手招きをしていた。
ノヤの方へ歩いて「何かご用?」と尋ねる。


「今度文字T作んだけどさ、お前好きな色何?」
「色かぁ…」


特にこれといって好きな色はない。
その時の気分によって変わるし。

うんうんと悩んでいると「早く決めろよー」とせっつかれた。


「えっと、えっと、じゃあ赤!」
「え? お前赤好きなの?」
「うーん…?」


別にそういう訳ではないが、ノヤを見ていたら何となく赤色が思い付いたので言ってみただけだ。
ということは赤は私の中でのノヤのイメージカラーということか?

……ちょっと待てよ。
その色を今言ってしまったということは西谷カラーのTシャツになってしまうということ?
その西谷カラーのTシャツを私は着るってこと?
なんだソレ、恥ずかしい!


「ちょ、ちょっと待って!」と言って顔を上げた時には既にノヤはいなかった。
私が考え事をしているうちに行ってしまったのだろう。
なんと行動が早い奴なんだ…。

まあ、ノヤがお店に注文するまでにまた会えるだろう。
そんな風に考えてあとを追うのは止めておいた。


翌日ノヤに会った時に「やっぱり色変更で」と頼んだら「もう注文したから無理!」と元気良く返された。
行動早すぎるだろう…。なんてことだ…。

しかし頼んでしまったのなら仕方がない。
諦めて西谷カラーのTシャツを着ることにしよう。

大体、赤が西谷カラーだと思っているということは私自身にしか分からないことだし、そんなに気にすることでもないか。

素直にTシャツが完成するのを待つとしましょうかね。
どんな文字なんだろうなー。
楽しみだなー。


後日、部活に行ったらみんなが色違いの文字Tシャツを着ていた。
わあ、出来たんだ!

すると私に気付いたスガさんが「お、みょうじー。文字T届いたぞー」と声を掛けてくれた。


「あ、はい。ありがとうございます」
「西谷ー、みょうじのどれ?」


スガさんがそう尋ねたらノヤがバツの悪い顔をした。


「すんません、注文し忘れたみたいで」
「ええー!」


なんだそりゃ! あんまりではないか!
結構楽しみにしてたのに!
膨れっ面でノヤに文句を言うと「うっせえ! こっちにも事情ってもんがあるんだよ!」と逆ギレされた。


「あれ? ここにTシャツ1枚余ってますね」


紙袋を覗き込みながら月島が言う。
「あ! バカ!」と言いながらノヤがその紙袋を奪い取ろうとした。
ヒョイっと上の方へそれを持ち上げて、袋からTシャツを1枚取り出した。

あ。赤いTシャツ。


「なんだ、注文してくれたんじゃん」
「みょうじも赤なの? 西谷も赤だよなー」


スガさんがそう言ったのでノヤに注目してみたら確かに赤いTシャツだった。
背中には『猪突猛進』と書かれていた。
ははっ、文字も色もイメージにピッタリだ。


月島からTシャツを奪い取ろうとしているノヤを無視して、月島に「へいツッキー! パス!」と言う。
月島はビニールで梱包されているそれをこっちに投げて寄越した。
顔面でそれを受け止める。痛い。

ビニールからTシャツを取り出す。

何が書いてあるんだろうなー。
楽しみだなー。
ドキドキしながらTシャツを広げる。


そこには達筆な文字で『猪突猛進』と書かれていた。
あれ? どこかで見たぞ…?
嫌な予感がしながら顔を上げる。


そこには全く同じTシャツを着ているノヤがいた。


私がTシャツを広げるのを後ろから覗き込んでいた龍が吹き出して笑う。


「ノヤとなまえお揃いかよ!」


それに対して顔を赤くしながらノヤが「偶然だ!」と返す。

詳しく話しを聞いてみたら、ノヤのTシャツの文字と色はスガさんと大地さんが考えてくれたみたいで、貰ってのお楽しみってことで今日まで自分のTシャツの色と文字を知らされていなかったらしい。
自分のTシャツが赤で『猪突猛進』と書かれている何て知らなかったノヤは、私に頼まれた通りに私の分を赤色で注文してしまった。
しかも文字はノヤが私から連想した四文字熟語。

Tシャツを握り締めながら大きな声で文句を言う。


「私から連想される四文字熟語が『猪突猛進』っておかしくない?!」
「おかしくねえよ!」
「もっと他にあるじゃん!」
「これ以上にピッタリなもん思いつかねえよ!」
「なにおう!」


「酷くないですか?!」と意見を聞こうと振り返ったら、腹を抱えて笑っている人と、妙に納得した表情の人と、苦笑している人に分かれていた。
ちなみに笑っていたのは龍ちゃんとスガさんだ。酷い。

スガさんが目尻に溜まった涙を拭いながら「あーおかしい」と言う。
2人でぶんむくれながら「笑い過ぎッス!」と怒ると「ごめんごめん」と軽く謝る。


「でもさ、」
「何ですか?」
「偶然にもお揃いの物が出来るってことはお前たち印象が似てるんだな」


そう言ってニッコリ素敵な笑顔を浮かべた。
「似たものカップルー」と言われ、2人して顔を赤くしながら「似てないっす!」「カップルじゃないです!」と口々に反論する。

肩に手を置かれたのでそちらを見たら龍が微笑んで立っていた。


「なによ」「なんだよ」

「まあ落ち着けよ


イノシシコンビ」


龍がそう言った瞬間にその場にいたほぼ全員が吹き出した。

自分で言ったくせに一番笑っている龍に頭突きをして黙らせる。
ノヤも同じように頭突きをしていた。

その様子を見て「やっぱイノシシだ!」と3年生が爆笑していた。

それからしばらくはあだ名が『うりっ子』と『うり坊』になった。
龍、許すまじ。

とりあえずこのTシャツは返品させて頂きます!


【文字T】


(うりっ子、部室の掃除に行こう)
(潔子さんまでそう呼ぶんですか?!)


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

文字T欲しいです。

2013/07/07

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