おめでとうの言葉と
私は今病院に向かっている。
別に私の体調が悪いとかではない。
昨日の夜に鉄平から「明日病院に来てくれ」とメールが届いたからだ。
何の用事があるのか知らないが、とりあえず言われた通りに鉄平が入院している病院に行くことにした。
手土産には彼の好物のどら焼き。
最近忙しくてお見舞いに行けていなかったから会うのは久し振りだ。
自然と足取りも軽くなる。
病院に着き彼の病室の扉を開ける。
鉄平は自分のベッドに座り、机に向かって何かをしていた。
何だろう？ 折り紙？
「鉄平ー、来たよー」
「おー、こっち来いよー」
こちらを見ないで手招きをされた。
近付いてベッドの横にあった椅子に腰を下ろす。
「ちょっと待ってろー」と言われたのでとりあえずお土産を冷蔵庫の中にしまった。
冷蔵庫の扉を閉じたのとほぼ同時に「出来た！」と嬉しそうに言った。
「良かったねー。何折ってたの？」
鉄平の手元を覗き込んだら折っていた物をサッと隠された。
ちょっとムッ。何だよケチー。
鉄平がニコニコ笑って自分の横を軽く叩きながら「ここ座って」と言った。
言われた通りに鉄平の横に座る。
「はい手ェ出してー」
「さっきから何なんですかー？ 意味が分からないんですがー」
昨日から鉄平は私に指示を出してばっかり。
何故そうしなければならないのか理由が見えてこない。
なんかなー、ちょっとやだなー。
まあ、そう言いつつもその通りに動いている私は相当鉄平に甘いんだと思う。
右手を手の平を上にして出す。
鉄平が私の手を取りひっくり返して、手の甲を上にする。
そしてその手の薬指に何かをはめた。
「じゃじゃーん、さっき折っていたのはこれでしたー」
「……指輪？」
「おう。ばあちゃんに折り方教えてもらったんだ」
銀色の折り紙で作られた指輪は少し大きかった。
右手の薬指を眺めながら「ブカブカ」と小さく文句を言った。
本当は嬉しいくせにね。素直じゃない。
「これ以上小さいのは折れなかったんだよ」
「これ折ってて知ったんだけど、俺折り紙苦手っぽい」と言って苦笑した。
そりゃあその太い指は細かい作業には向いていないだろう。
ベッドの脇にあるテーブルに視線を移したら、そこには失敗作が何個も置かれていた。
大の男が机に向かってちまちまと長時間に渡り折り紙をしている姿を想像したら何だかおかしくて笑ってしまった。
「あっ、笑ったなー」
「ごめんごめん」
そう言いながらもクスクスと笑いが溢れてしまう。
鉄平は小さく溜息を吐き、「本当はもっとちゃんとしたのをあげたかったんだぜ」と言った。
「え？ これも失敗作なの？」
「そうじゃなくて。ちゃんとお店で何かしら買って渡したかったってことだ」
「こんな無価値なものじゃなくてさ」そう言って申し訳なさそうな顔をした。
無価値だなんて。そんなことないけどな…。
そこではたと気付いた。
そういえば、鉄平はどうして突然こんな物をくれたんだろう？
あと、私を呼び出した用件は？
それを尋ねると鉄平は驚いた顔をした。
「何でって、なまえ今日誕生日だろ？」
今度は私が驚く番だった。
「え？ 知ってたの？」
「当たり前だろ」
「じゃあ用件って…」
「会ってお祝いしたかったから。まあ、入院してっからプレゼントは買いに行けなかったんだけどな。んで、代わりと言っては粗末なもんだが、コレを折ったわけだ」
そう言って苦笑しつつ薬指にはめられた指輪をトンと指で叩いた。
「こんなもんでごめんな。退院したらちゃんとした物を買いに行く」と謝る鉄平。
そんな鉄平の頭を軽く叩く。
「無価値だとか、粗末だとか、勝手なこと言わないで。この指輪の価値は貰った私が決めるの」
「だってなぁ…」
「私は貰って嬉しかったの。だから価値あるものです」
指輪を潰さないように優しく胸元で抱き締める。
「ありがとう」とお礼を言うと「こちらこそ」と照れ臭そうに笑った。
「でもやっぱり退院したら買いに行くからな」
「はいはい、わかりましたよ」
「よし」と満足そうに頷く鉄平に、ちょっとした不満をぶつける。
「そんなことより鉄平くん。あなたは私に言うことがあるんじゃないの？」
上目遣いに鉄平を睨むと、彼はフワリと柔らかく笑った。
私の肩を抱いて、頬にキスをした。
そして最後に凄く、それはもう物凄く優しい声で囁いた。
「なまえ、誕生日おめでとう」
言葉だけで十分だったのに、甘すぎるオマケまで貰ってしまった。
恥ずかしくて鉄平の顔を見れない私は、明後日の方向を見ながら搾り出すような声で「よろしい」と呟いた。
【おめでとうの言葉と紙の指輪】
（それだけでこんなにも幸せ）
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木吉がいつまで入院してたのか調べたけど分かんなかった。
本日誕生日の友人に捧げます。
お誕生日おめでとうございます！
2013/07/02