僕を想ってください
休み時間、自動販売機で飲み物を買って教室に戻ると、なまえさんが雑誌を見ながら溜息をついているのが目に留まった。
何やら難しい表情をしている。
前の席が空いていたのでそこに腰掛けて、彼女が見ていた雑誌を覗き込む。
結構近い距離にいるのだが、余程集中しているのかなまえさんは僕に気が付かない。
「どうかしたんですか?」
声を掛けると彼女は驚いたようにパッと顔を上げた。
「おわあ! く、黒子くん! いつから…!」
「先ほどです。それより難しい顔をしていましたが、どうかしたんですか?」
「いや、たいしたことじゃないんだけどね」
なまえさんはそういって苦笑した。
詳しく話を聞いてみると、来週末にお兄さんの誕生日があるらしくプレゼントをどうするか思案していたそうだ。
しかし年頃の男子にどういった物を渡せば喜んでもらえるのかが分からず、とりあえず雑誌を見て考えようと思ったらしい。
「なるほど」
「プレゼント考えるのって難しいねー」
そう言いながら再び雑誌に視線を落とした。
一緒に雑誌を見ていると「黒子くんなら誕生日にどんな物もらったら嬉しい?」と質問された。
「僕ですか?」
「うん。参考までに教えて欲しいな」
「そうですね…」
そう返されると思っていなかった。
僕の欲しい物ですか…。
特にこれといって欲しい物はなかったので少し悩んだ。
しかし「何でも良い」では答えとしては不適切だと思い、一生懸命考えて「ブックカバーですかね」と答えた。
「ブックカバーか。なるほど、それも良いなぁ」
「普段使い出来るものは有難いし重宝しますよね」
「そうだね」
「でも大切な人から貰った物はどんな物でも嬉しいです」
「確かに」
「お兄さんもなまえさんからのプレゼントだったらどんな物でも喜んでくれると思います」
「そうだと良いなー」
それから特に話すことが思いつかなく、黙って視線を雑誌に落とした。
ゆっくりとページを捲っていく。
不意になまえさんが「そういえば黒子くんの誕生日はいつ?」と尋ねてきた。
「1月です」と答えると「じゃあ私の方がお姉さんだねー」と言って笑った。
反対にこちらが誕生日を尋ねたら、もう随分と前に過ぎてしまった日付を言われた。
「もう過ぎちゃってるじゃないですか」
「そうだねー」
「今からでもプレゼント受け付けますよー」と冗談めかして言うなまえさんに、生徒手帳から栞を一枚取り出して「どうぞ」と差し出す。
これは数日前に偶然見つけた四葉のクローバーを押し花にして栞に加工したものだ。
いつかなまえさんに差し上げようと思って生徒手帳に忍ばせていたのだが、まさかこんなに早く渡す日が来るとは思ってもみなかった。
なまえさんは「え、いや、冗談だよ!」と言って両手を左右に振った。
焦るなまえさんの手を取り、手の平の上に栞を置く。
「元々なまえさんにお渡ししようと思っていたものなんです」
平静を装っているが、内心は緊張で胸が早鐘を打っている。
差し出した手は震えていないだろうか。
声から緊張が伝わってしまわないだろうか。
ポーカーフェイスには自信があるんですけど…。
普段道理に、自分の緊張が伝わらないように気を付けながら言葉を続ける。
「貰ってください。僕の気持ちです」
「…ありがとう」
「遅くなってしまいましたが、お誕生日おめでとうございました」
「高価な物ではありませんが…」と苦笑したら「ううん、凄く嬉しい」と言って満面の笑みを浮かべてくれた。
それを見たら黙っていようと思っていた言葉が、つい口から溢れた。
言うつもりは無かったのですが…。
「クローバーの花言葉って『私を想ってください』って言うらしいですよ」
「へえー…。………えっ、」
なまえさんが勢い良くこちらを見たのとほぼ同時に5時間目の予鈴が鳴った。
動揺しているなまえさんに「お兄さんのプレゼント、早く決まると良いですね」と言って足早に自分の席へ戻る。
耳が凄く熱い。
髪を弄って赤くなってしまっているであろう耳を隠そうと試みる。
しかし上手くいかずに逆に赤くなった耳が露わになってしまった。
熱を持った耳を両手で隠しながらチラッとなまえさんの方を見たら、彼女もこちらを見ていて目が合った。
サッと視線を逸らした彼女の耳が自分と同じように赤く染まっていたのが、髪の隙間から見えた。
「これは、期待しても良いんでしょうか…」
ニヤける口元を押さえて前を向く。
これから始まる授業は頭に入ってきそうもなかった。
【僕を想ってください】
(ん? 黒子、顔赤いけどどうかしたのか?)
(なんでもありません)
(しかも何かニヤついてねえ?)
(うるさいです火神くん。前を向いてください)
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ホタルさんに差し上げたイラストを元に書いてみました。
黒子くん初めて書きましたわー。難しい。
オチが迷子。
2013/06/10