bitter bitter



「好きです」と18歳になって玲に告白した。
玲に恋人がいることは知っていた。気持ちを伝えるのは迷惑になることだって分かってた。
でも、今まで大切に育ててきたこの気持ちを玲に伝えずに終わらせてしまうのは嫌だった。
玲は少し驚いていたけど、真っ直ぐ俺の目を見て返事をくれた。
答えは「ごめんなさい」。分かっていた返事だったがやはり悲しかったし悔しかった。
この綺麗な笑顔を浮かべる人の隣に俺は立てない。
そう思ったら何だか胸にポッカリと穴が空いたような感覚がした。
…泣けたら少しは楽になれるだろうに。
俺の気持ちに反して、目から涙は零れなかった。
俺は笑みを浮かべて、玲に「恋人と幸せに」とエールを送っていた。
玲はそれに対して本当に幸せそうな、俺の大好きな笑顔で「ありがとう」と言った。
そうして俺の初恋は終わりを告げた。


家に居てもネガティブな事ばかり考えてしまうので、散歩に出た。何も考えず、当てもなく歩いてるだけ。
さっきまで青く晴れ渡っていた空は俺の気持ちを反映しているかのように暗く曇ってきた。
何だよ、余計に気持ちが暗くなるじゃないか。
家から遠くなるに連れて天気がどんどん悪くなり、仕舞いにはポツポツと雨が降ってきた。
何も持たずに家を出て来てしまったので傘は買えない。
どうしようかと困っていると、あるアパートが視界に入った。
俺が昔から玲に片思いをしていることを知っている唯一の人物、なまえの家だ。
居るか分からないが、とりあえず雨宿りをさせてもらう為に行ってみることにした。
インターホンを押すと中からなまえの声がした。少し経って鍵を開ける音。


「はーい…」
「こんにちは」
「おや、珍しいお客様」
「雨宿りさせて」
「どうぞどうぞ」


少し付いてしまった雨粒を払い落としてなまえの家へ上がり、ソファに座る。
外を見ると、雨はさっきよりも勢いを増していた。
ちょうど良いときに室内に入れたようだ。そんなに濡れなくて良かった。
家にはなまえ以外誰も居ないようで、雨の音となまえがキッチンで何かをしている音だけが部屋に響いている。

ポツリと独り言のように「今日玲に告白した」と呟いた。
なまえは「そっか」と言う。それ以上はお互いに何も言わなかった。
言わなくても結果は分かっているんだろう。なまえは余計な事を聞いてこないから楽だ。
どちらとも話さないで、沈黙したまま時間が流れる。

コトっと俺の前の机にコップが置かれた。コーヒーの良い香りがする。
隣に座ったなまえにお礼を言う。


「サンキュ」
「飲む前に1つ忠告をば」
「何?」


コップに手を添える。
冷えた指先にジンワリとコーヒーの熱が伝わる。温かい。


「私にも才能がありまして。友達に絶賛されるんですよ」
「へえ、コーヒー淹れるの上手いんだ」
「違う違う」


手を振りそれを否定する。
絶賛されるんだろ?上手いんじゃないの?訳が分からない。
とりあえず口を付けてみた。


「っ?!ゴホッ!」
「あー…」


想像に反した味に思わず咳き込む。な、何だコレ…!
なまえは今俺が飲んだものと同じであろうものを涼しい顔で飲んでいる。


「人の話は最後まで聞きましょうね」
「こ、これってコーヒーだよね…?」
「にっがいでしょ?」
「驚きの苦さなんですが」
「それが私の数少ない才能でございますよー」
「なまえ今『絶賛される』って言ったよね?おかしくない?」
「よく『こんなに不味いコーヒーを淹れる事が出来るなんてある意味才能だ』って言われます」
「それ褒めてないから」


これは飲めたものではないと手に持っていたコップを机に置いた。何なんだ、嫌がらせなの?
ジトっとなまえを睨むと「まあ怖い」と言いながらコップに口を付ける。
香りは良いのに何故こうも味が悪いのだろう。不思議だ。
コップの中に入っている黒い液体を見つめていると、コップを持って立ち上がったなまえがもう一言付け足した。


「あとね、私のコーヒーは『涙が出るほど不味い』んだって」


「じゃあ私お風呂洗ったりしなきゃいけないから。ゆっくりしててね。何かあったら呼んで下さいな」と言いながら部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿を呆然と見ていた。
もう一度、貰った時から少しも減っていないコーヒーを見る。


「涙が出るほど、ね…」


…余計なことしやがって…。
コップを手に取り、勇気を出して一口飲む。今度はちゃんと飲み込んだ。
苦い液体が喉を通り、胃に流れ込む。
その苦味が胸にポッカリと空いた穴にジワリと染み込んでいくような感じがした。
悲しみと共にジワジワと苦味が広がっていく。
俺の目からは自然と涙が零れていた。
さっきは全然出る気配もなかった涙がこんな簡単に出るものだとは。
溢れ出したら止まらなくなって、1人しかいない部屋で静かに泣いた。
泣いたら少し気持ちが軽くなった気がした。なまえ、サンキュ。

もう一口、コーヒーを飲んで呟いた。


「にっがい」



【bitter bitter】


(それは失恋の苦さとよく似ていた)


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

翼さんは18歳くらいまで玲さんの事が好きだといいなぁ、と。


2012/05/20


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