天然の言い逃げ


「何故今回の試験範囲はこんなに広いのでしょうか」
「それは俺に聞かれても分からないなぁ」


「頭がパンクするー」と言いながら座卓にシャーペンを投げ出し、後ろに倒れる。
正面にいる克朗君は「そんな簡単にはしないよ」と言って自分のプリントにサラサラと綺麗な字を書いている。
寝転んだまま自分のプリントを見ると何だか難しい数式が沢山書かれている。
うーん、さっき教えてもらったのにもう分かんない。
せっかくの休日に家に籠って勉強なんてしてるんだから頭に入って欲しいものだが、数学が苦手なので集中力が続かず、この状態である。私も理系の頭が欲しかった。
この調子ではまた赤点ギリギリになってしまう。それは避けたいなぁ。
しかし、一度切れてしまった集中力は簡単には戻らない。
真面目に課題に取り組んでいる克郎君のプリントを覗き込む。
さっきまで同じ数学のプリントをやっていたのに今は違う国語のプリントをやっている。何ということだ。


「え、克朗君。数学のプリントは?」
「ん?終わったよ」


ジーっと克朗君を見つめると、おデコをペチっと軽く叩かれた。あいたっ。
おデコを押さえながら見ると、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「自分で頑張ろうな」
「ぶー、ケチー」
「見せたらなまえの為にならないだろう?」
「…真面目だねー」
「どうしても分かんなくなったらまた解き方教えてやるから頑張れ」
「…はーい、頑張りまーす」


そんな風に優しく言われたらやるしかないじゃないか。
渋々シャーペンを手に取り再び数字を書いていく。
でもやっぱり集中力が続かず、チラッと克朗君を見る。
克朗君は有名な小説家とその作品のタイトルをスラスラとプリントの空白部分に埋めていっていた。
自分も後でやらなければいけないプリントなので答えを覚えちゃおうとか思いながら見ていた。
視線に気付いた克朗君が苦笑いをする。


「コラ。ズルしちゃ駄目だろう」
「『なつめそうせき』さんってさ、アイラブユーの人だよね?」
「あ。話逸らしたな」


克朗君に再びおデコを軽く叩かれた。
それをスルーして、話を続けてみる。
「面白い訳だよね」と言うと、「そうだな」と苦笑しながら返した。


「今テストでそんな風に変わった感じで訳したらマル貰えるのかな?」
「さあ、どうだろうな?」
「今度やってみようかな」
「うーん、オススメはしないぞ」


そんなことを話しつつ、プリントをずっと見ていた。うん、だいたい覚えた。
自分の国語のプリントを取り出して書き込もうとしたら克朗君に取られた。


「あー…」
「コレは後で。まず目の前のやつを終わらせような」
「それじゃ忘れちゃいますよぅ」
「それが狙いです」
「…ぶーぶー」
「ほら、あとちょっとだ」
「へぇい、頑張りまーす…」


気のない返事に克朗君が笑う。まぁ、素敵な笑顔ですこと。
いい加減にしないと本当に怒られそうなので、今度こそ集中して頑張ろうと思いながら自分のプリントに取り掛かった。




「終わったー!疲れたー!」


シャーペンを投げ出しゴロンと寝っ転がる。
とっくに終わって隣で勉強を見ていてくれた克朗君が「お疲れ様」と言って笑いながら頭を撫でてくれた。ああ、落ち着く。癒される。
外を見ると夕方…ではなく夜になっていた。
ちょいちょい休憩を挟んでいたから…。克朗君に申し訳ないことをしたなぁ。
起き上がって姿勢を正して克朗君に頭を下げる。


「ありがとうございました。そして貴重なお休みを奪ってごめんなさい」
「どういたしまして。テストに繋がると良いな」
「うん。頑張る」


すっかり外が暗くなってしまったので、帰ることにした。居座っても迷惑になっちゃうし。
「遅くなっちゃったし帰るね」と言って立ち上がったら、「じゃあそこまで送るよ」と一緒に家を出る用意をしてくれた。優しいなぁ。


暗い道を並んで歩きながら他愛もない話をする。
さっきも休憩中に色んな話をしていたが、まだまだ話は尽きない。


「しかし今日はいっぱい勉強したなぁ。もうしばらく勉強したくないよ」
「課題でないと良いな」
「本当にねー。もう頭パンパンで帰り道で何かあったら数学の公式忘れちゃいそうだわ」
「じゃあ忘れないように事故に気を付けるんだぞ」
「はーい」


結局もうすぐ家に着くって所まで送ってもらってしまった。申し訳ない。
お礼を言ったら「大したことじゃないよ」と爽やかな笑顔で言われてしまった。
本当に良い人だ。克朗君のこういうところが凄く好きだ。恥ずかしいから言わないけど。


「じゃあ、どうもありがとう」
「どういたしまして。なまえ、勉強したことちゃんと覚えてるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうか。…なまえ」


名前を呼ばれたので下げていた頭を上げたら、克朗君は空を見ていた。
視線を追うと、その先には大きな丸い月が輝いていた。
そして克朗君は一言、「月が綺麗ですね」と呟いた。
思わぬ発言に思考が停止する。え?それってどういう意味?そのままの意味?それとも…。
慌てている私を見てニッコリと笑って、「じゃあ、またな。気を付けて」と言って背中を向けて帰ってしまった。

克朗君はしっかりしているようで天然さんだし、どういった意味でさっきの言葉を言ったのか私には全く分からなかった。
『なつめそうせき』さんを意識して言ったのか、それともただ単に今夜の月に対する感想を言ったのか…。
真意を聞ければ良かったのだが、そんな暇なく克朗君は帰っていってしまった。
熱を持った頬を少し冷たい夜の風が撫でていく。
あーあ、今のせいでさっき覚えた公式が消し飛んだ。
とりあえず後で私も『月が綺麗ですね』ってメールで送ってみようかと思った。



【天然の言い逃げ】

(天然なのか、計算なのか)


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渋沢さんは天然だと思います。
スーパームーンに間に合わなくてちょっと残念であります。

2012/05/07


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