「お前のターンだ!さっさとカードを引け!」



いつまで経ってもカードをドローしようとしない王様に痺れを切らした海馬がイラついたように叫ぶ。
王様は「今引くぜ」とだけ返し、デッキからカードを引いた。
カードを確認した瞬間、王様の瞳が揺れる。
その視線が一瞬こちらに向けられたのを感じ、私は小さく頷いた。



「まあ、今更どんなカードを引こうと同じだがな!僕は、新たなモンスターを召喚!ジャッジ・マン!」


ジャッジ・マン
ATK 2200
DEF 1500



海馬が召喚したジャッジ・マンが、王様の場に伏せられた守備モンスターを破壊する。
顔を歪め、王様がまたカードを一枚ドローした。
一瞬、何かを思案するように王様の眉間に皺がよる。

そして。



「…ブラック・マジシャンを攻撃表示で召喚!」

「…!」




ひゅっ、と息を呑んだ。
フィールドに君臨した黒の魔術師。視線が吸い寄せられる。王様を守るように堂々とジャッジマンの目の前に立ち塞がったその凛々しい姿に、瞬きを忘れた。



「ブラック・マジシャン…!!」



ブ ラ マ ジ きたああああああああああああああああっ!!!!
王様の不動のエース、我等がお師匠様のご降臨んんんんんんんんんんんんん!!!!
痛みのせいで叫べないのが残念です!もうやだお師匠様マジイケメン!!ライブ歓声のごとく黄色い声で叫びたい!!お師匠様ー!!



「…おい、大丈夫か千春?心拍数がめっちゃ上がってるぜ」



コレが落ち着いていられるかッ!!!!
ブラマジといえば遊戯王の代名詞といっても過言じゃねえ!!
忘れちゃいけない。私は幼女である前に自他共に認める遊戯王オタクだ!そんな私がソリッドビジョンなお師匠様にテンション上げない理由があるか!?否!!!あるわけがない!!!



「ジャッジ・マンを攻撃!黒・魔・導!」



黒・魔・導いただきました…っ!!

ブラック・マジシャンの右手から放たれた光に焼かれ、ジャッジ・マンは跡形もなく消滅した。
やばい、すげえガン見したいのに涙で視界が滲んで…っ!



「千春!?おいどうした、何で泣いてんだよ!どこか痛むのか!?」

「感動で前が見えない…っ」

「は?」



私の突然の涙に慌てふためく城之内をスルーして、私は涙を拭う。
ジャッジ・マンを破壊したことで、海馬のライフは1300から1000ポイントまでダウンした。
しかし相変わらず海馬の優勢には変わりない。余裕綽々の海馬が、ドローしたカードを見てさらに笑みを深めた。



「封印が解けるまで、あと1ターン…ボクの引いたカードは、三枚目の『青眼の白龍』!」

「!!」



護封剣に囚われた二体の青眼の白龍を背に、新たな青眼の白龍が降臨する。
轟く咆哮に、王様が気圧されたように一歩下がった。



「ブラック・マジシャンを攻撃!!」



青眼の白龍が放った閃光弾が、ブラック・マジシャンを襲う。
あああああお師匠様ああああああ!!!

いくらブラック・マジシャンが数ある魔術師達の中で最高クラスの力を持っているといえど、攻撃力の差は越えられない。500の壁は高かった…。
断末魔と共に散っていったブラックマジシャンを前に、私の瞳からはまたはらはらと涙がこぼれた。
あああ…畜生、お師匠様………。


遊戯:LP 900→400



一度は縮めたLP差も、また容赦なく引き離される。
それと同時に、今まで王様を守っていた光の護封剣の効果が切れてしまった。
守護の光が儚く空間に解け、解放された二体の青眼の白龍がゆるりと長い首をもたげる。



「さあ、最後のカードを引くがいい遊戯。次のターン、三体のブルーアイズがお前に総攻撃をかける!どんなカードを引こうが…それで終わりだ!!」

「おい、遊戯…!」



私を抱えた城之内が、思わずといった風に声を上げた。
三体の巨龍の青い眼光に、王様は射竦められたかのように動かない。動けない。

泣こうが笑おうが、コレがラストドロー。
震える手でデッキに手を伸ばした王様の動きが、瞬間、突然止まった。

何だ、と顔を上げて、そこでかすかに目を見開く。



「…遊兄、」



端から見てわかるほど、王様の表情は硬い。
不安、焦り、恐怖。
先程王様から振り払ったはずの感情が、また彼の心を支配しているのがわかってしまった。

今ある王様の手札。
そこには、原作どおりならば絶対的な勝利の欠片がそろっているはずだ。
あとひとつ。あと一枚。けれど、このラスト1ターンでそれを引き当てることができるのかどうか。
負けられない戦い。祖父から託された想い。それがプレッシャーとなって、王様の手を、目を、心を曇らせる。

私には、今あの場に立つ彼の心情を機微まで推し量ることはできない。
けど、想像することは、できるから。



「…遊兄、遊戯兄、」



そっと、私は重たい右手を機械の上にいる兄に向かって伸ばした。
びきりと腕がきしむ音がする。かまわず、伸ばした。
届くはずはない。遠い。そんなことわかってる。
けれど、伸ばさずにはいられなかった。

伸ばした手はとても小さくて、傷だらけで、見るからに頼りない弱々しい手だった。
でも、たとえ直に届くことはなくても。貴方はきっと、この手に気付いてくれるでしょう。



「大丈夫、一人じゃないよ」



ふと、彼の瞳がこちらを向いた。はっとしたように息を呑んで、そして―――とても穏やかな笑みを浮かべる。

ああ、ほら、気付いてくれた。



「…みんな、ありがとう。オレはもう…何も恐れない!」



王様の目に光が戻る。しっかりと、その手をデッキへと置く。
大丈夫、大丈夫。
私も微笑を浮かべて、王様がカードを引くのと同時にそっと目を伏せた。


――――ああ…来てくれた。



「フン、とうとう開き直って絶望に手を伸ばしたか」

「それは違うな、海馬!オレは希望を手にしたんだ!」

「…何?」



バラバラの欠片は、互いに引き合って必ず繋がる。
欠片になっても、互いに引き合って、やがてあるべき形になっていく。
この右手に描かれた黒線も、いつだって私達(欠片)をつないでくれている。

強い力の脈動を感じる。
空気が震える。



今この瞬間―――彼の勝利は約束された。



「オレが引いたのは―――『封印されしエクゾディア』!!!」



奇跡は、起こる。



「今、五枚のカードがすべてそろった!!」



フィールドに出現した、光り輝く五芳星。
歪んだ空間の波紋の奥から、絶対の巨人がその姿を現す。

右腕
左腕
右足
左足
そして最後に―――見るものを戦慄させる、顔(カンバセ)。


かつて巨人の四肢を封印していたであろう枷は、もうその役割を果たしてはいない。鎖は半ばから引きちぎられ、じゃらりと重い音を立てる。

青眼の白龍の大きさを優に越すほどの巨体をもってして、巨人は感情の読めない眼差しで白銀の龍たちを見下ろした。
海馬の攻撃宣言を待つだけだった龍たちは、突如出現した巨人を前に成す術もない。

それは、今まで余裕の態度を崩さなかった海馬も同じだった。



「バカな…!エクゾディアだと!!?奇跡を起こしたというのか!?」



エクゾディア。
その存在は広く知られて入るものの、実際にその姿を見た者はいないという―――。
それはひとえに、その特殊な召喚方法故のものだった。

『封印されしエクゾディア』は、合計五枚のカードから成り立つ特殊モンスター。

『封印されし者の右腕』
『封印されし者の左腕』
『封印されし者の右足』
『封印されし者の左足』
そして―――『封印されしエクゾディア』


一枚一枚の能力は低く、攻撃力も守備力も500と、通常モンスターの中でも底辺の能力値だといってもいい。

しかし―――この五枚が手札にそろったとき、エクゾディアはその真価を発揮する。
エクゾディアを構成する五つのパーツが手札に全て揃った、その瞬間。

エクゾディアを使役するプレイヤーの勝利が、確定する。

この巨神は、文字通り『絶対的な勝利の神』なのだ。


ただ、一度のデュエル内でこの五枚をそろえることは非常に困難を極めており、事実この世界で召喚に成功した者はいないといわれている。
その奇跡を、今、目の前で引き起こした。しかも、あと一撃で敗北が決まるという、その絶体絶命の状況で。彼は見事に、覆して見せたのだ。
……実際問題、手札を入れ替える魔法や罠カードを使わずに、ドロー運だけでエクゾディアを全てそろえてしまったのだ。…ほんとドロースキル高いよなあ。



「すげえ…!こんなモンスターがいたなんて!!」

「ほんと、ウチのお兄様マジパネェ…」



この展開を“知っていた”とはいえ、実際目の当たりにしてみるとすげーな。
「形勢逆転だぜ!」と叫ぶ城之内だが、そんなレベルじゃないんだよコレ。

今まで絶対的な勝利は自分のものであると、そう信じて疑わなかった海馬の顔が絶望に染まる。
巨人がそっと自身の胸の前に手をかざす。かざした掌の間から、目を焼くような煌々とした閃光がほとばしる。

さあ、決着だ。



「怒りの業火‐エグゾードフレイム‐!!」



灼熱の業火が青眼の白龍たちを襲う。
最強と謳われた三体の龍は、その絶対的な力の前に成す術もなく砕け散っていく。

そして炎はそのまま海馬をも呑み込んだ。



「うわああああああ!!!」



海馬のLPが一気に削ぎ落とされ、0を示す。
王様の、勝ちだ。



「やったあ!!遊戯の勝ちだぜ!なあ千春、今のちゃんと見てたか!?」

「見てたよ、一瞬たりとも眼をそらさずしっかりきっかりこの脳内にインプットしたよ、だから克兄耳元で叫ばないで体揺らさないで傷に響く痛い痛い痛い」



興奮のあまりはしゃぎまくる城之内は確実に私の寿命を縮めにかかっていると思います。助けて杏子。



「いくらカードが強くても、心の通わないカードでは意味がない。カードと心を一つにすれば、奇跡は起こるんだ!」

「バッ…バカな…!ボクが負けるなんて…!!」



絶望し、嘆く海馬を王様は鋭い眼差しで見つめる。
もうやだあの王様カッコイイ…。王様さすが王様。思わずきゅん…と、ときめいてしまった私は悪くない。

ポウ、と王様の額に金色の光が灯る。は…あ、あれは…!



「海馬!お前の心の悪を砕く!!マインドクラッシュ!!」



初マイクラいただきましたあああああ!!
やっぱり痛みのせいで叫べないのが残念です!しかし叫んだら叫んだで痛い子みたいになるのは目に見えてるんで結果オーライってことで!


がくん、と膝から崩れ落ちた海馬。駆け寄るモクバの声。
城之内が勝利の雄たけびを上げる中、私は微笑み、そっと目を閉じた。












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