「見てろよ、千春…!遊戯が今、お前とじーさんの仇をとってくれるからな…!」
シリアスな所非常に申し訳ないんですが城之内さん。私も双六さんも死んでないです。
私を抱えてくれている城之内の腕の中でそんなツッコミを入れてます、どうも幼女です。皆さんご機嫌いかがですか。
私はすこぶる最悪です。
カードを取り合った手は未だにじんじん痺れてる気がするし、叩き付けられた背中は呼吸するだけで痛むし。これ骨折れたりしてないよね?もしそうなら笑えねーですよ海馬てめーこんにゃろう。
こんな幼女にここまでやるか普通、とポーカーフェイスの下でつらつらと怨み辛みを並べていると、指定位置についた遊戯に向かって海馬が得意気に口を開いた。
「ルールは海馬スペシャルルール!」
名前ダサッ。
「ライフポイントは2000点!ライフポイントがゼロになった方が敗けだ!」
つまり普通のデュエルですよね、わかります。
海馬に痛め付けられた怨みからか、海馬に対する言葉が少々辛辣になっている自覚はある。もういちいち『海馬瀬人』だなんて馬鹿丁寧に呼んでやったりなんかするもんか。べーっだ!
「バーチャルシステム、始動!」
そんな私の心境など露知らず、海馬はマシンに乗り込むと、嬉々としてバーチャルシステムを起動させた。
スクリーンに覆われていた空間に映像が投影され、場所は一瞬のうちに古代のコロシアムへと変貌する。
…さっきも見たけど、クオリティたっかいなぁ……。
「な…なんだこれ…!」
「………克兄、途中でビビって逃げちゃダメだよ…」
「び、ビビる?どういう意味だよ!」
「……今にわかる…」
言葉を発する度、喉に焼けつくような痛みが走る。…叫びすぎて声が嗄れてるのか…だっさいなぁ、私…。
その時、キィンと甲高い音が微かに耳に届いた。視線を上げれば、フッと目映いばかりの金色の光が辺りを包む。
―――ああ、来た。
私の、もう一人の、『お兄ちゃん』。
「――――海馬。千春の想いと、じーちゃんの魂のデッキに賭けて、お前に勝つ」
…くっそいちいちカッコいいな王様!!
海馬スペシャルルールとはいっても、内容は普通のデュエルと変わらない。一体何を思って『海馬スペシャルルール』だなどと言ったのかは疑問だが、取り敢えずライフが2000ポイントしかないって事くらいしか違うところ無くない?普通は4000位って聞いたけど。
しかし、前私とお兄ちゃん達がやったデュエルも2000しかライフなかったぜ。いや…あの少ないライフポイントの数値は私が決めたんだけどね、あんまり長引かせるのもあれだと思ったし。……8000はね…ちょっとね………長いよね……(ゲームでは基本8000ポイント)
「まずはボクのターン!サイクロプスで攻撃!」
海馬が自分の場にサイクロプスを召喚する。ここまでは普通のデュエルと一緒だ。
――――だが…違うのは、ここからだ。
サイクロプス
ATK 1200
DEF 1000
海馬がシミュレーターにカードをセットすると、頭上に設置された映写機からモンスターの姿が投影される。「なんだぁ!?」とぎょっと目を剥いた城之内に、再度「逃げないでね」と呟く。そんなこと言わなくても彼が逃げるわけないって知ってるんだけど、今の私はこんな風に何かしら言っていないと落ち着かない。ごめんね。
「モンスターが、実体化した…!?」
「ふっ、これがバーチャルシミュレーションシステム!!」
「…確かにじーさんの年寄りの心臓にこれはきついよな…」
「私地味にテンション上げたけどね…上げちゃったんだよね…そんな場面じゃないのに上げちゃったんだよねさっき………」
「いや…気持ちはわかるぜ、千春…海馬とか抜きにすげーもんな、これ…」
フィールドに投影されたサイクロプスは、本当に映像なのかと疑うほどリアルな3Dモデルだ。ゲームをする人間なら一度は夢見るであろう、実体化。まさにそれが目の前にある。リアルにある。
なんだかんだでデュエリストな私と城之内は、お互い知らず知らずのうちにサイクロプスを見上げてぐっと拳を握っていた。海馬コーポレーションの技術すげえ。ごめん王様、ここだけちょっと緊張感無いです。
「受けてたつぜ!オレのターン!『砦を守る翼竜』!!」
このゲームの真の醍醐味を理解した王様が、攻撃表示で『砦を守る翼竜』を召喚する。
青い巨竜が王様のフィールドに現れ、私は再び拳を握った。
目の保養。サイクロプスからの翼竜めっちゃ可愛い。
砦を守る翼竜
ATK 1400
DEF 1200
「火球の飛礫!!」
翼竜の口から大きな火球が吐き出され、サイクロプスに襲い掛かる。
翼竜より攻撃力の低いサイクロプスは、断末魔を上げながら木っ端微塵に破壊された。
海馬【LP 2000→1800】
「―――兄様っ!?」
「!」
そのとき。
反対側の観覧席―――海馬の後ろから、聞き覚えのある幼い声が聞こえてきた。
顔を上げてそちらを見ると、艶やかな長い黒髪の少年が、攻撃を削られた海馬を見上げている。
「アイツ…?」
「………モク、バ…」
誰だ?と不思議そうに首を傾げる城之内。私は小さな声で彼の名前を呟いた。
海馬モクバ。海馬瀬人の、唯一の肉親で、弟―――
「フン。これくらいのハンデがないと面白くない」
一方攻撃を受けた海馬は、特に意に介した様子もなく、余裕の表情でデッキからカードをドローし、『闇・道化師のサギー』を召喚した。
攻撃表示で召喚されたサギーに王様が驚いたように目を見開く。
「闇・道化師…!?そいつの攻撃力じゃ、」
闇・道化師のサギー
ATK 600
DEF 1500
確かに、王様の言うとおり『闇・道化師のサギー』の攻撃力は『砦を守る翼竜』の半分以下だ。このままでは攻撃しても返り討ちにあうだけ。
―――でも。
「このカードを合わせて出すと!」
そう言って海馬が発動させたのは―――『闇ジェネレーター』。
「…魔法カードか!」
「その通り!このカードは、闇属性のモンスターの攻撃力を三倍にする!!」
うわあチート。
ちなみにこのカード、OCGのほうでは『闇・エネルギー』として登場してます。闇属性のモンスターの攻撃力を300ポイントアップさせるっていうね……。
………こっちの世界、色々とカードの効果ぶっ飛びすぎだろ…。
闇・道化師のサギー
ATK 600→1800
「『闇・道化師のサギー』の攻撃!」
サギーの手から放たれた闇色の光球が、翼竜を破壊する。
王様のライフポイントが、上回った攻撃力分だけ削られる。
遊戯【LP 2000→1600】
「どうだ、コンボ攻撃の破壊力は!」
王様の顔が悔しそうに歪む。
そんな王様の表情を見て、城之内の手にも力がこもった。
私はじっと王様を見上げる。
王様にターンが回り、デッキからカードを一枚ドローする。しかし、彼の表情は晴れない。
そしてそのまま、モンスターを裏守備表示で召喚した。
「遊戯…!?」
「………」
そのまま伏せカードもなくターンを終了し、海馬へとターンが回る。
王様が伏せた守備モンスターは、サギーの攻撃であっけなく破壊された。
「何やってんだ、遊戯…!!」
「…………」
それから幾度となくターンがめぐるが、王様は守備モンスターを召喚するだけ。
それは次々とサギーに破壊されていく。
「フン。死に損ないのジジイが残したカードデッキ…カードからも死に損ないの息遣いが聞こえてくるようだ」
「じーちゃんは、オレを信じてこのカードをオレに託したんだ。オレには聞こえるぜ!じーちゃんの熱い魂の鼓動が!海馬!お前のカードに信じる力は宿っているか!」
「……!」
「オレはこのカードを、信じるぜ!」
王様の言葉に一瞬表情を変えた海馬。
王様がデッキからカードをドローする。
―――その顔に、笑みが浮かんだ。
「オレが引いたのは、『暗黒騎士ガイア』!」
「何!?」
暗黒騎士キタ―――――!
私が王様とのデュエルでフルボッコにされたトラウマカード登場である。いや、実際そこまでトラウマでもないけどね。
暗黒騎士ガイア
ATK 2300
DEF 2100
現れた暗黒騎士が、馬を駆りサギーに迫る。
両の手に握り締めた真っ赤な槍を構え、サギーに突進した。
「闇道化師、撃破!!」
海馬【LP 1800→1300】
「勝負はまだわからないぜ」
「ふっ、結末は既に決まっている!」
海馬がカードをドローする。
その瞬間――――
ぞくり
「…っ」
「千春?」
突然、悪寒を感じた。
悪寒…いや、違う。確かにぶるりと体は震えたけれど、その言葉は適切じゃない。
一体なんと表現したら良いのか、けれどこれだけはわかった――――直感だ。
「…………来る」
「え?」
「“彼女”が――――来る」
ぎゅ、と私は眉間に皺を寄せ、フィールドを睨んだ。
数十分前。双六さんが海馬とデュエルをしていたときにも、感じた予感。
同じだ、あの時と。なら―――今海馬が引いたのは、間違いなく。
「キサラが―――来る」
「『青眼の白龍』!!!」
歓喜に満ちた海馬の呼び声と共に、フィールドに閃光が迸る。
丸みを帯びた頭部。煌々と輝く白銀の巨体。透き通るような宝石を思わせる青い瞳。
暗雲の下でもその輝きを失わぬ美しき竜が、守るべき主を背に咆哮を上げた。