ゲームの歴史――――
それは遥か五千年の昔、古代エジプト時代にまでさかのぼるという
古代におけるゲームは、人間や王の未来を予言し、運命を決める魔術的な儀式であった
それらは、『闇のゲーム』と呼ばれた
今、千年パズルを解き、闇のゲームを受け継いだ少年がいた
光と闇、二つの心を持つ少年―――――
人は彼を―――――『遊戯王』と呼ぶ。
「いや、呼びませんって」
「…千春、いきなりどうしたの?」
「え、あ、なんでもないよママ」
そこまで思い出して思わずぼそりと声に出して呟いてしまった私を、テレビの前で洗濯物をたたんでいたママさんは不思議そうに見つめてきた。
はっと我に返った私は、あわてて取り繕うように笑って止めていた手を再び動かす。
現在、ママさんのお手伝いなう。
居候である私は、現在小学校には通っておらず、遊戯が学校に行ってしまう日中は、こうしてよくママさんの家事手伝いをしている。あとは双六さんの店番手伝ったり。
元々が社会人で一人暮らしをしていたということもあって、家事全般は比較的特異なほうだった。そんな私に、ママさんは「千春が手伝ってくれて助かるわ」ってよくほめてくれるから、俄然やる気も上がるよね。お使いに行くと、たまに好きなカードパック買ってくれるし。最初は遠慮していたけど、ご褒美よなんてかわいい笑顔で微笑まれてしまえば私の心の陥落は早かった。…単純とかいうなよう。
「…はい、ママ。これで最後だよ」
「ありがとう、千春。ほんとに助かるわ」
綺麗にたたんだハンカチを最後にママさんに渡すと、ママさんは私の頭を優しくなでてくれた。あったかくて、なんだか少しくすぐったい。
「…あら、もうこんな時間ね。そろそろ遊戯、帰ってくるんじゃないかしら」
「あ、じゃあ私、おじいちゃんのところ行ってお出迎えする」
「そうね、そうしてあげて。お兄ちゃんも喜ぶわ」
微笑むママさんの元から立ち上がり、私は小走りで店の方へ。
家から店へ続く扉を開ければ、何やら棚出しをしている双六さんの背中を見つけた。
「おじいちゃん」
「ん?おぉー、千春か。どうしたんじゃ?」
「遊戯兄がもうすぐ帰ってくるから、お出迎えの準備」
「なんじゃ、もうそんな時間か」
私の言葉に、双六さんは店の壁にかかった時計を見上げる。
「…おお、そうじゃ。千春、ちょっとこっちにおいで」
「?」
ちょいちょい、と手招きされて、私は首を傾げつつも双六さんの傍による。
「遊戯から聞いたんじゃが、お前さん遊戯とデュエルをしたらしいな」
「うん、負けちゃったけど」
やっぱり本物は強かった。
AIとは比べ物にならないや。
「よしよし、そんな千春に、じいちゃんがいい物を見せてやろう」
「いいもの?」
なんだろう。
ぐふふと笑う双六さんは、正直とても怪しいけれど、そのいいものとやらは気になる。
私が遊戯とデュエルをしたことと関係してる…ってことは、デュエル関連だよね。………あれ、ちょっと待てよ。もしや双六さんが言う「いいもの」って………。
カランカラーン!
「じーちゃん、ただいまー!」
そのとき、突然来店ベルが響き渡り、開いたガラス扉の向こうから遊戯が帰ってきた。
私はぱっと振り向き、笑顔を浮かべる。
「あ…遊戯兄、お帰りなさい!」
「ただいま千春っ!いい子にしてた?」
遊戯…私コレでも一応中身は貴方と同い年です…。
まあ彼らはそんなこと知らないから、致し方ないんですけれども。
「おっす、千春!」
「こんにちは、千春!久しぶりね」
「相変わらずちっこいなーお前」
あれ?
聞こえてきた声にひょこっと遊戯の後ろを覗き込むと、そこには城之内と杏子と本田がいた。
遊戯の友人である彼らとは、数日前に知り合った。最初はいきなり遊戯に出来た妹に驚いていた三人だったけれど、すぐに打ち解けて仲良くなれた。
一人っ子の杏子は私のことを自分の妹みたいにかわいがってくれるし、城之内と本田は騒がしいけれど根は良い奴だから、なんだかんだで構ってくれる。
それにしても、何で今日はみんな勢ぞろい?
「おー、今日はみんな一緒か!」
「めずらしーね。どしたの?」
「いや、遊戯のじーさんがなんかすげーカード持ってるって言うから、ちょっくらそれを見せてもらいによ」
「ねえじーちゃん、じーちゃんのすごいカード、みんなにも見せてあげてよ」
「何、あのカードを?」
遊戯の言葉に、双六さんが目を丸くして悩むそぶりを見せる。
あのカード?ってことは、やっぱり………。
「お願い!」
「お願いしまーす!」
「…ふふふ。ちょうど今千春に見せてやろうとしておったところじゃ。いいぞいいぞ、一緒に見ていけ。特別じゃぞ?ワシの宝物じゃからな!」
そう言って双六さんは、一つの古びた小箱を取り出した。
あの小箱には見覚えがある。あの中には…!
「ほれ、このカードじゃ。これは『ブルーアイズ・ホワイトドラゴン』といってな。超ウルトラ級のレアカードじゃ!」
「わあっ…!」
攻撃力3000。守備力2500。高レベルモンスターであることを示す8つの星が並んだ白銀の龍の姿が描かれたカードが、双六さんの手の中にあった。
思わず歓声が上がる。
これが、初代の青眼の白龍…!本物を見たのは初めてだ!すごいすごい!!!
絵柄がころころっとしてるなぁ!かわいい!!
そのカードを、みんなが食い入るように見つめている。
すると城之内が「すっげえ…!」とつぶやく傍らからにゅっと一本の腕が伸び、双六さんが持っていた青眼の白龍を無遠慮にかっさらった。
「…………!!!!!」
「へーえ、こんなのがねえ…」
てめえ本田アアアアアアアアアアア!!!!?なぁにやってんだコラアアアアアアアアアアアアアア!!!?
咄嗟に絶叫しそうになったのを寸でのところで飲み込んだ。
多分そのときの私の顔はカードをとられた双六さん並にひどいことになってただろう。
雑な扱いをする本田の手から、涙目の双六さんがカードをさっと取り戻す。本田てめぇマジふざけんなよおい。
「世界にたった四枚しかないうちの一枚じゃ。値段のつけようもないわい…!」
「ほんとだよヒロ兄マジで信じられない。このカードが持つ攻撃力3000ってのは、デュエルモンスターズ界における最強モンスターの代名詞なんだよ。他のすべてのモンスターは、この攻撃力3000という数値を基準としてデザインされる。効果モンスターのように特殊能力こそないものの、だからこそ純粋な『強さ』という中で見れば全モンスターの中では最上級のドラゴンなんだから!!!」
「………詳しいね、千春?」
「 常 識 で す ! 」
腕を組み、フン!と鼻息荒く力説すれば、遊戯が虚をつかれた様な表情をしていた。
ちなみに双六さんからは惜しみない拍手を送られた。いやはや、どーもどーも。
「ま、もっとも…デュエリストでもなんでもない人から見れば、ただの紙切れにしか過ぎないんだろうけど…………でも、だからって一応デュエリストが集まってる前では行動に気をつけなよ?ヒロ兄?」
訳※月夜ばかりと思うなよ。
「…………お、おう…悪かった………」
私の威圧感たっぷりの笑顔に、本田は顔を青くしながらもそーっとカードから一歩はなれた。
「よっしゃじーさん!カード買うぜ!」
「コレは売らんぞ」
「え?いやいやそんなん買えねーよ!なるだけ強いのが入ってるパックくれよな!」
城之内がカウンターの中のカードパックを指差す。
その言葉に、双六さんは笑いながらカードを箱の中に戻した。えー、青眼の白龍鑑賞タイムもう終わり?箱の中にしまわれちゃったら私見れないんだけど!身長的な意味で!!!
いまの私、遊戯よりも身長低いんだからね!!幼女舐めんな!
―――と、そのとき。
カランカラン、と入店を告げるベルの音が響いた。
いらっしゃーい、といつもの双六さんの間延びした声が響いて、私たちは反射的に扉のほうを振り向く。
―――目を、見開いた。
きっちりと第一ボタンどころか詰襟のホックまで閉められた青い学ラン。
片手にずっしりと重たそうな銀色に輝くジュラルミンのケースを持った、短い茶色の髪に鋭い青い目を持った青年が、そこにいた。
その人を見た瞬間、私の中の高揚し高ぶっていた気持ちが一気に冷めて冷たくなっていくのが分かる。
――――――――海馬 瀬人。
「海馬君!」
「海馬コーポレーションの御曹司が、一体何の用だい?」
「遊戯君のおじいさんがカードマニアだと聞いてね」
「おっ!?海馬もデュエルモンスターズやるのかぁ!?そりゃちょうどいいや、仲間が増えたぜ!」
「おいおい、よしてくれよ。君たちにその資格があるのかな」
「何ッ?」
城之内の言葉を、海馬はあっさり一蹴する。
「ボクはね、全国大会では優勝するほどの腕なのさ。ま、君たちとは格(レベル)が違うっていうか…」
「んだとぉ!?黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって…!」
「やめなよ城之内君!」
「でもよぉ…!!…超むかつくぜ」
「克兄…」
悔しそうに拳を握り込む城之内。
心配そうに見上げる私の視線に気付いた様子もない。そんな城之内を綺麗に無視し、それで…と海馬瀬人は視線を前に戻した。
「こんな店にも、まともなカードはあるのか――――」
そこで海馬瀬人の言葉が不自然に途切れ、息を飲む気配がした。
その見開かれた視線の先を追うと、双六さんの前におかれた小箱の中―――青眼の白龍に注がれている。
「なっ、何…!?なぜ幻の『青眼の白龍』が、こんなところに…!!」
一瞬で眼の色を変えた海馬瀬人が、遊戯たちを押しのけてカウンターに詰め寄る。
信じられないとばかりに眼を見開いた海馬瀬人は、このカードの価値を正しく理解しているのだろう。無意識のうちに眉間に皺を寄せる私の傍らで、双六さんはさっと小箱の蓋を閉めて自分のほうへと引き寄せた。
「はいおしまい。これは売り物じゃないんでな」
「あ…!」
姿を隠した青眼の白龍を追うように、海馬瀬人の手が僅かに動く。
………彼自身も知りえない、彼と青眼の白龍の関係性は知っているけど…。むう、と唇を少し尖らせる。
海馬瀬人は悔しそうに歯軋りをすると、持っていたジェラルミンのケースを乱暴にカウンターの上に上げて、その中身を双六さんに差し出した。
中には、デュエルモンスターズのカードが隙間なくぎっしりと詰め込まれている。…圧巻だ。
私も思わず目を丸くしてその中身に見入ってしまった。
「じーさん!その『青眼の白龍』一枚と、このカード全部と交換してくれ!!」
唖然としている遊戯たちには目もくれず、迷いなくそう言いきった海馬瀬人に、知っていた展開とはいえ思わず拍手を送りたくなる。
これだけのカードを集めるのにも、ずいぶんと時間と手間がかかるだろうに………いや、海馬瀬人のことだから実際はそうでもないような気がしないでもない。
でもこれだけ揃えようとなると、かなりの額だろうなぁ。
「ホホ…ダメ」
しかしそれを断るじーちゃんすげぇ。
思わずぱちぱちと拍手してしまった。
「くっ…交換がダメなら、言い値で買おう!言ってくれ…!いくらなら、ゆずってくれる!!」
…まあ、気持ちはわからないでもないけれど。
このカードは、そこまで言うだけの価値がある。
けどね、違うんだよ海馬瀬人。じーちゃんがこだわってるのは、一般的な価値とか、値段とか、そんなんじゃないんだって。
「ホホ…海馬君、じゃったか。ワシがこのカードを手放したくない理由はのう、単にこのカードが強いからというわけではないんじゃ」
「…!」
「このカードはワシの大切な親友から譲り受けたものでのう。その親友と同じくらい大切なものなんじゃ。いくら積まれても手放すわけにはいかんのじゃよ」
「なんだと…!?」
大きなショックを受けたような海馬瀬人に、こっそりと溜息をつく。
たとえそれがどんなに弱いカードでも、同じ。
物には心が宿る。心が宿った物は、何にも変えがたい宝となる。
そう語る双六さんに、海馬瀬人は苛立ったようにケースの蓋を閉めた。
「…失礼する」
………理解、できないんだろうなぁ。
彼の周りにはそう思わせてくれるほどの友人はいなかったし、唯一可能性があるのは、いつも傍にいる彼の弟だけだ。けれど、その弟はあまりにも彼に近すぎて、そこにいるのが当たり前で。
群れることを好まない彼には、双六さんの言うことがわからないのだろう。
今彼の心の中にあるのは、『青眼の白龍』を手に入れられなかったという悔しさと不満と怒りだけだ。
「…千春、どうしたの?」
「…うん?」
「なんか、浮かない顔してるけど……」
海馬瀬人が立ち去った扉を見つめ、黙り込んでいると、そんな私の様子に気付いたらしい遊戯が顔を覗き込んできた。…私、そんな暗い顔してたかな………。
すり、と頬に当てられた遊戯の手に触れる。
「…だいじょぶだよ、遊戯兄。ちょっとぼーっとしてただけだから」
「……そう?なら、いいんだけど…」
「ん、心配してくれてありがと」
そう言って微笑めば、遊戯も安心したような笑顔を返してくれた。
……さて、どうなることやら。