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「遊戯ー!遊戯、遅刻するよー!」
しっかり髪を整え、朝御飯を食べて歯磨きをし、さぁ後は遊戯の仕度が完了するのを待つだけだった僕。
いつも家を出る時間までまだ少しあるし、デッキの微調整でもしていようかなと、持ち歩いているカードファイルを開いた。そうこうしている間に、遊戯が起きてくる…………………筈だったんだけど。
「うわあああああ!!!寝過ごしたあああああ!!!」
「もう遊戯!また夜遅くまでパズルしてたでしょ!」
「だ、だっていい感じの所まで行けたから…!!」
「それで朝起きれなかったら元も子もないでしょーがっ!ああもう良いから早く用意する!僕もう出ちゃうよ!」
「ままま、待ってくれよ遊理〜ッ!」
…まぁ、この騒々しさからもわかるように。
遊戯が寝坊しました。現在普段家を出る時間の3分前です。今の今まで僕の片割れは寝てやがりました。重力に逆らいまくるツンツンした髪を寝癖でさらに跳ねさせ、遊戯はバタバタと廊下を行ったり来たりしている。
僕はといえば、既に履きなれたローファーに足を突っ込み、リュックタイプの学校指定鞄を背負い、いつでも家を出られる状態だ。
「遊戯、あと30秒待ったげる」
「遊理の鬼――――ッ!」
「寝坊した遊戯が悪い」
僕の正論に、遊戯は泣きそうな顔をしつつもぐっと押し黙った。
頭上では足を組んだセイフが、呆れたような目で遊戯を見下ろしている。
『お前も起こしてやりゃあ良かったのに』
「いや、デッキ調整に夢中で」
『ほー、とうとうお前の中での優先順位が片割れ<デッキになったか』
「ばっか遊戯=デッキに決まってんだろ!」
『(…それもそれでどうかと)』
くわっと目を見開いた僕の言葉に、セイフは腕を組んだまま微妙な顔で僕を見下ろしていた。…なんだよぅ、その目。
『…と、んなこと言ってる間に時間過ぎてるぞ』
「おおふ。遊戯ー!時間ー!」
「わ、わかってるって!!………おま、お待たせッ!!!」
息をこれ以上ないくらい荒げ、身だしなみもぐちゃぐちゃだけどなんとか制服を着れた遊戯。
僕はぷっと小さく吹き出し、そんな彼のシャツや学ランの襟元を軽く直してやる。
「はは、朝からご苦労様だね遊戯。…と言っても、多分これバスじゃないと間に合わないだろうけどねー」
「ええっ!?ご、ごめん遊理……」
僕らは普段、歩いて学校まで通っている。が、今日に限ってはそれでは間に合わなさそうだ。結局普段家を出る時間を、10分程過ぎてしまっているし。
左手首に着けた腕時計を見せながら言うと、遊戯はしゅんと肩を落としてしまった。心なしか、彼のツンツン髪も元気がないような気がする。
僕はクスクス笑って、そんな遊戯の頭にポンと手を置いた。
「ま、たまには楽して良いんじゃない?ほら、学校行こうよ遊戯!」
「…うん!」
変わらない日常。
変わらない僕達。
どこにでもいるような普通の兄妹。普通の双子。普通の光景。
朝起きてご飯を食べて、二人並んで学校へ行って、勉強をして寄り道して帰る。
そんな当たり前の幸せを享受する僕らだけれど、この時間に終わりが近づいているということを、僕だけが知っていた。
差し出した手を、遊戯は笑顔で掴む。僕も同じ笑顔でその手を引き、外へと続く扉を押し開けた。
カランカラン。
扉についたベルが鳴る。
開いた扉の隙間から溢れる光。広がる青い空。頬を撫でる優しい風。店の前を箒で掃くじーちゃんが、音に気付いてこちらを振り向いた。
「「じーちゃん、行ってきまーす!!」」
「おお、気を付けるんじゃぞー!」
声を揃えて、笑顔を浮かべ、僕らは乾いたアスファルトの地面を踏みしめ、駆け出した。
繋いだ手は離すことなく。
「遊戯っ」
「なぁに?」
「…………んーん!なんでもないっ!」
僕らの胸で、細いチェーンにぶら下がった銀のアンクと宝玉の甲虫が、きらりと揺れて輝いた。