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「――――おい、おい、娘」
「うん…?」
ゆさゆさと、体を揺さぶられて目を開ける。
…いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。心なしか気温は先程よりも暑く、半端に眠ったせいかなんともいえない倦怠感が体の中にどっしりと居座っているような心地がした。
むく、と体を起こし、ぼんやりとした焦点を合わせるように目をこする。
そして、ゆっくりと顔を横へ向けた。
「起きたか、娘」
「……………………」
そこにいたのは、この世界で最初に出会った紫色の瞳をした青年。つまり、ファラオ。
………。
…………。
………………………。
…………………………………!!!?
「ファラッ…!」
「! シーッ!」
なんでこの人が目の前に!!?
驚きのあまり倦怠感も眠気も吹っ飛び、思わず大声を上げようとした私の口を、ファラオが慌てて塞いだ。
え、なんで塞がれてるんだ私の口。いやそれ以前に何でこんなところにいるんだこの人。王様だよね?ファラオなんだよね?なんでだフガモガモゴ。
「静かに!シモンたちに見つかってしまう」
「……?」
きょろきょろと周りを見回し、それから真剣な顔でこちらを見つめるファラオ。
…見つかってしまう?シモンって、多分側近の人の名前だよね?
いまいち理解が出来ず口をふさがれたまま首をかしげていると、やがて周囲の気配を確認し終えたらしいファラオが、「ふーっ…」と安堵の溜息を吐き出しながら手を下ろした。
「まったく…いきなり大声を出すな。肝が冷えたぞ」
「え?あ、ごめんなさい…?」
あれ、何で謝ってんだ私。
てかそれ以前に何でこの人ここにいんの。この疑問何回目だ。
「…いや、ちょっと待て私悪くなくない?元はといえば人の寝てるところにやってきた貴方が悪いんじゃない?私当然の反応じゃない?」
「む…確かに、女性の寝室に許可なく入ったことは私が悪いとは思うが。それについては謝罪しよう」
あれ、意外と素直。
昔の男の人って、こう…女の人を蔑ろにするイメージがあったんだけど。
「だが、いきなり大声を出されるようなことをしたつもりはなかったぞ」
あんた自分の身分わかってんのか?
こんなこと口にしたら速攻で不敬罪として首チョンパされそうなので、心の中だけで突っ込んでおくことにする。
いや、だって、ねえ?目が覚めていきなり目の前に王様いたら、そりゃビビるでしょ。
そんな私をよそに、むう、と拗ねたように唇を尖らせるファラオ。おいやめろ大の男がそんな仕草すんな。しかもなんで違和感が無いんだ…!?ちょっと可愛いかもとか思っちゃったじゃねーかこの野郎。イケメンは何をしても様になるってか、そーか。
「…えーと、それで王様?何でこんなところに?」
束ねるものが無いせいでおろしっぱなしにしている髪をかき上げながら、私は本題に入ることにした。
私のその言葉に、ファラオは「おお」と声を出す。おい、忘れてたんかい。
「実はな、そなたに訊きたい事があって」
「訊きたいこと…?」
「うむ。そなたの所持していた品は、今は全てこちらで預かっているだろう?」
その言葉に一つ頷く。
私がここに滞在するに当たって、制服を含めた全ての所持品は彼らに没収された。
まあ、何の気まぐれか得体の知れない人間を置いてくれるワケだし、その所持品を調べるっていうのは当然の行為。
所持品といっても、保健室で休んでいていきなりこの世界に来てしまった私が持っていたのは制服一式とハンカチ、それから携帯電話くらいだった。
量がそこまであったわけじゃないし、没収された制服の代わりにこの時代で使用されている衣服ももらったから、特に文句もなくあっさりと差し出した。
…ここで下手に抵抗して、余計怪しまれてしまうのはまずかったし。
だが、それがどうしたというのか。
首を傾げて先を促すと、ファラオがいそいそと懐を探り「これなんだが」ととあるものを差し出してきた。
全身を黒で統一された、長方形のうすっぺらいボディ。
………私のスマホじゃないですかー。なんであんたが持ってんだ。てかなんで懐にしまってんだ。
「この黒い板は、一体なんだ?箱かとも思ったのだが、何かを入れようにも、何処にも蓋が無い」
他の物の用途はわかったのだが、とスマホをひらひらさせながら言うファラオに、ああ、と納得。
使い方わかんないから訊きに来たのね。今は電源も落としてあるから、余計これが何なのかわからないだろう。
私はよいしょと姿勢を正してベッドに座りなおし、「貸してくれます?」と王様に手を差し出す。素直に私にスマホを返してくれた王様。自分で言うのもなんだが、もしこれが危ないものとかだったらどうするんだろう。警戒心無さ過ぎないか、この王様。
ちょっとこの王様が心配になりながら、私は受け取ったスマホの電源ボタンを押す。
しばらく長押ししていると、画面がパッと明るくなって、待ち受け画面が表示された。「おお!?」それをじっと見ていたファラオが、声を上げる。
「なんだ、今何をした!?ずっと黒かったのに、いきなり絵が浮かんだぞ!」
私の横に腰掛け、ファラオはスマホの画面を凝視する。
おお、すごい反応するな…。まあこの時代には、当然だがこんな技術はないし、当たり前か。
ちょっと面白くなって私は、続いて画面をスライドさせて中に入れていたアプリケーションを起動する。
「!!? え、絵が変わったぞ!?なんだこれは、どうなっている!?先ほどの絵はどこへ消えたのだ!?」
「で、ここをこう、操作して、…こうすると、」
「おおおおおお!!!」
起動したのは、アルバムの中のムービー機能。
画面の中で風に揺られて動く花の動画に、ファラオは感嘆の声をあげて画面を食い入るように見つめる。
「これは、中に花が埋め込まれているのか?」
「ううん、只の映像」
「えいぞう?」
「そう、そこにあったものの《絵》を、写し取っただけ。本物が入っているわけじゃないんだよ」
「…よくわからないな…だが、とにかくコレがすごいものだというのはわかったぞ!!」
キラキラと瞳を輝かせるファラオに、思わずクスリと笑ってしまう。
まるで子供みたいだ。いや、未知なる物を見て興味を惹かれたなら、この反応になるのは普通なのか。ここではオーバーテクノロジーだし、これ。
「娘、娘!私もやってみたい、やってみたいぞ!」
「ん?良いよ、はい」
特に問題もないので、期待に顔を輝かせるファラオにスマホを差し出す。
ファラオは緊張と興奮からか震える手でそれをそーっと受け取った。
それから恐々と、私を真似て画面にさわってみる。
スマホが指のに合わせて反応を示すたび、王様は楽しそうに色々な声を上げていた。
…………ちょっと可愛いなとか思っちゃったりしたのは秘密である。