03

音を立てないよう、こっそりと部屋の中へ侵入する。部屋の中は明かりがついておらず、真っ暗だった。が、室内に設置された円筒形の装置から、ほのかな光が発せられていて、おぼろげではあるものの、なんとか部屋の構造は見て取れた。耳を澄ますと、機械が動くヴーン…と言う音に混じって、こぽこぽとなにやら気泡の音が聞こえてくる。
部屋の奥のほうから、何やらパチパチと、パソコンのキーボードを叩くときに出るような音も聞こえ、私は目を細める。

やっぱ私の勘も、捨てたもんじゃないなぁ。



「さっきの人……?」



ジュードくんが、吸い寄せられるようにしてその方向へ近づいていく。
私は咄嗟に、その腕を取って彼を引き止めた――――その、次の瞬間。



――――バンっ!!



何かを叩くような大きな物音が聞こえて、私たちは同時に身を竦ませて振り向いた。
そして私は―――否、私たちは、信じがたい光景を目の当たりにする。

装置の中に、ぼんやりと浮かび上がる人影。
白衣を着た初老の男性が、その装置の中に閉じ込められていた。
表情はうつろで、その目は焦点が合っていない。
私はそんな彼を食い入るように見つめた。装置の中から、こぽりと気泡の音がする。中は何やら液体で満ちているらしく、その液体が光っていたようだ。
先ほどの音は、苦悶の表情を浮かべる彼が内側から装置のガラスを叩いた音だった。



『だまし………たな……助……けて……もうマナは…………出な……』

「きょ……教…授………?」

「っ!?」



ジュードくんがその男性を見上げ、呆然とした表情で呟く。
教授?まさか、この人が?この人が、ジュードくんの探していた――――



「っジュードくん、見るなっ!」



男性―――ハウス教授の目がくわっと開かれ、そしてがっくりと首が落ちる。
その瞬間、彼の身に何が起こったのかを嫌でも理解した私は、咄嗟にジュードくんの目を覆おうと手を伸ばした。
が、それは一瞬遅く、ごぼりと彼が泡となって装置の中で消え失せた瞬間、ジュードくんが息を呑み、硬直したのが、触れた肌の感触からわかってしまった。



「あ…あああ………っ」



ジュードくんの体ががくがくと震えている。
見せて、しまった。


と、次の瞬間、今まで暗かった部屋の明かりが一斉に点灯する。
そうして顕になったこの部屋の全貌に、私たちは今度こそ言葉を失った。
室内に設置された他の円筒の装置の中にも、同じように人が入っていたのだ。それも、ひとつやふたつではない。
全員が先ほどの教授と同じように液体付けにされ、意識を失っているのかがっくりと首を落としている。
生きているのか、死んでいるのか。それすら、わからない。



「誰?」



部屋の奥―――正しくは、梯子で登った中二階から、声が聞こえた。
ジュードくんの口から小さな悲鳴が漏れる。今、この子の精神は限界に近いところにあるのだろう。当然だ。こんなものを見せられて―――私だって、結構キツイ。

そんな私たちを、声の主はのっそりと中二階から見下ろしてくる。



「おいおい、侵入者ってアンタたちなのー?」



まだ若い少女だった。
少し紫がかった長い白銀の髪、血を連想させるような、背中が大きく開いた真っ赤な礼装(ドレス)。その表情に昏い笑みを浮かべ、こちらを見下ろしてくる彼女に、ジュードくんの体が強張る。


「女の子……?」

「見ちゃったんだ?」



にい、と笑みを浮かべる少女。
ジュードくんがパニくったように叫んだ。



「何なのここ!?教授は…っ、教授は、如何して…!!」



が、返って来たのはこちらを馬鹿にするような笑みだけ。



「君は…っ」

「その顔!たまんない…絶望していく人間って!」



少女が大きく体を反らせ、幅広の刀身を持った剣を取り出すと、何のためらいもなく柵の上に飛び乗った。
…ったく、やっぱこうなんのね!マジお約束パターン…ッ!



「ジュードくん!」

「っぁ……」



硬直し、反応が遅れたジュードくんに飛びつくようにして抱きかかえ、その場から大きく後退する。
と、次の瞬間、今まで私たちがいたその場所に、少女が剣を突き立てるようにして降ってきた。



「へぇ〜…?反応は、イイじゃん」

「お褒めにお預かりどーも」



ジュードくんを解放し、背に庇う形で彼女と対峙する。



「トキワ…あ…ありがと…」

「どーいたしまして。ったく、悪趣味なもん見せやがって」



まだ微かに震えながらも、大分戻ってきたらしいジュードくんに笑みを見せてから、私は少女に向き直って目を細める。



「間違いなく今日の夢見は最悪だ。うん、違いない」

「今日の夢見ぃ?そんなもんないよ。―――あんた達は、ここであたしに殺されて死ぬんだからさぁ!!」





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