「おい!そこで何してる!」
「「!」」
突然、私たちに向かってかけられた鋭い声。
ジュードくんはびくりと肩を跳ねさせ、声のしたほうを振り向いた。
そこにいたのは、槍を持った甲冑姿の憲兵。
憲兵はピリピリと鋭い殺気をこちらに向けていたが、私たち二人の姿を認めると、その殺気をほんの少し収め、不思議そうに「子供?」と呟いた。
「どうしてこんなところに?」
「あ…勝手に入って、すみません!」
憲兵の警戒が緩んだその瞬間を狙ったのかどうかは知らないが、ジュードくんが慌てて頭を下げる。
そんなジュードくんを見て、憲兵は仕方ないなと言うような雰囲気で口を開いた。
「まったく…本来なら警備行きだけど、素直に謝ったから許してやるよ。さあ、おいで。出口に案内してあげるよ」
「え…あ、ありがとう…ございます」
「…………」
正直、見逃してくれるのはありがたいが、この申し出はあまりありがたくない。
しかし彼の行動はごく自然なもので、このままのこのこついていったら間違いなく研究所から出されますよねー。ジュードくんが「どうしよう…」と言いたげな眼でこちらを見てきた。私はその視線に小さく肩を竦めた。
…お約束パターンの気配がするんだぜー。私はジュードくんより一歩前に出て、憲兵さんに向かってにっこり笑った。
「…ねえ、お兄さん。私たち、ハウス教授って人に会いたいんだけど、知らない?」
「なんだ、君たち、教授の知り合いだったのか。教授なら、まだ残っているはずだよ」
その言葉を聞いて、ジュードくんが静かに眼を丸くした。
流石に、これはあからさま過ぎて気付かないほうがおかしい矛盾だよね。
先ほどのジュードくんの話からすると、入り口の憲兵さんには教授はもう帰ったと言って追い返されたはずなのに。
「へえ、そうなんですか」
「ああ。教授も忙しいみたいだからね…。あ、そうだ。一応聞いておきたいんだけど、家族に連絡はつくかな?」
「いいえ、“こっち”に家族はいません」
あちらに気付かれないように、私は足を半歩引く。憲兵は、そうかいと言った。
「――――それを聞いて、安心したよ」
兜の下で、くぐもった笑い声が響く。
憲兵の槍の構え方が、変わった。ジュードくんが息を呑む。
ま、予想は出来たよな。なんちゅーテイルズお約束のパターンなんですかと。
「なッ何を!?」
「大丈夫。大人しくしてれば、痛い目には遭わないよ」
「そんなっ…!」
うろたえるジュードくんを背中に隠し、私は周囲にさっと視線を走らせる。
逃げるなら後ろか。しかしそう考えたそのとき、背後からばちゃりと水を踏む足音と、獣の唸り声が聞こえ、私は視線だけをそちらに向けた。
…げ、魔物さん追加とかマジかよ。
「逃がさないよ、坊や達!」
「!」
そちらに気を取られた隙を突いて、憲兵が槍を振り上げてくる。
あれ痛くないなんて嘘だよなー、絶対痛いよなーなんて呑気に考えながら、私はひゅっと息を吸った。
「…っ!! 避けてトキワ!!」
「!」
そのとき、背後から聞こえたのはジュードくんの声。私は考える間もなく、反射的に一気に体を下へ落とした。
次の瞬間、ヒュンッと頭上すれすれで風を切る音がして、パシッと槍の柄を掴む音と、ガイィン!と何か固いもの同士がぶつかった音がする。
「ぐうっ!!?」
「はああああッ!!」
…お、おおお?
咄嗟に顔を上げると、眼に飛び込んできたのは私の頭の上を通過して憲兵に一撃を入れた、ジュードくんの腕。え、ジュードくん、もしかしてキミ格闘家系スキル保持者なの!?セネセネ以来じゃね?格闘系主人公って。
「グアアァァァッ!」
「!」
が、私がそんな呑気なことを考えている隙に、背後にいたあのモンスターが、大口を開けてジュードくんの背中めがけ飛びかかってきた。
目の前の憲兵に集中していたジュードくんは、それに対処しきれず反応が遅れる。
…となれば、私の出番だ。
私はじゃぼんと水底に手を着くと、そのままぐっと姿勢を落とし、思いっきり足を振り上げた。
「ギャイン!」
放った蹴りは、見事モンスターの腹に命中。そのまま素早くジュードくんの下から抜け出すと、私は今度はモンスターの脳天めがけて踵落としを決めた。よっしゃクリティカル!
ぐっと拳を握る私の目の前で、魔物は水の中へと落下する。
「よし、危機回避おっけー」
「…おっけー、なの?」
「うん、おっけーおっけー」
立ち上がった私をぽかんとした顔で見てくるジュードくんに、私は真顔のままぐっと親指を立ててみせる。
ちなみにあの兵士はといえば、ジュードくんに顔面を殴られ、一撃目であっさり気絶していた。うわあ弱っ。いや、ジュードくんが強いだけ?ていうか兜の意味無くない?
「ジュードくん強いね!医学生って聞いてたから、勝手に非戦闘員もしくは回復要員だと思ってたよ」
「いや、僕のは護身用で……っていうか、トキワ!キミこそ戦えたの!?」
「え?うん、バッチリ戦闘要員」
あー、まあこの格好からして、戦えるようには見えないもんなぁ、と苦笑する。制服にパーカーだもんね。
でもまあ、見てのとおりある程度は戦えるんです。戦える女子中学生、プライスレス。
「でも…こんなの、まずいよね……」
ジュードくんがちらりと気絶した憲兵を見て呟く。
多分これがまともな反応なんだろうな。私なんか「先に仕掛けてきたのはあっちだから問題なくね?正当防衛正当防衛」って考えなんだけど。
「でも、まあ。いい情報ももらえたんじゃない?これでハッキリしたじゃん。ジュードくんお探しのハウス教授は、まだこの研究所のどこかにいるよ」
言いながら、私は憲兵の脇を素通りして、見付けた梯子に足をかけた。
「でもさ、なんか嫌な予感がするんだよね。だから、さっさとその教授見つけちゃおうぜジュードくん」
「う、うんっ!」
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