01



「うーんいいねえ。鼻をつく淀んだ下水のにおい、全身にまとわりつく嫌な湿気。なんかこう、いかにも『こっそり侵入してます!』って感じで」

「ごめん、どこがどういいのか全然わかんない」

「うん、わかんなくて大丈夫。これ皮肉だから」



辺りに満ちる臭気に露骨に嫌な顔をして鼻を押さえるジュードくんと、嫌な顔とまではいかなくとも、ちょっと気が滅入ってきた私。うー…私結構鼻とかいいほうなんだよなぁ、だからかなりきつい。
パーカーの袖で鼻と口を押さえながら、私たちは薄暗い地下水路をばっしゃばっしゃと進んでいた。
さっきの女性…マジでこんなところ行ったのか。その迷いない行動力尊敬するわ。
はあ、と溜息をつき、私は終始周りを警戒しながら進むジュードくんに向かって声をかけた。



「ねーねージュードくん」

「何?」

「ジュードくんさ、何が目的でここに入りたかったの?」



私は言わずもがな、面白そうと言うかもうこれ完全に物語の開始フラグでしかありませんよねやったあ!な勢いで来てしまったわけですが。所謂野次馬根性だ。文句は受け付けない!

でもジュードくんは何やら、私なんかとは比べ物にならないほど真面目な事情があるっぽいし、一緒に行動する上で、目的を把握しとくのは重要だろう。

ジュードくんは暫く黙り込んでいたが、やがてぽつりぽつりと話しはじめた。

いわく、彼はこの町――――イル・ファンにあるタリム医学校に通う学生で、五の鐘が鳴る頃には帰ると言ってこの研究所に出かけた恩師が、七の鐘が鳴っても帰ってこないということで、わざわざ探しに来たらしい。なんちゅーええ子や。



「ハウス教授の書いた論文が、研究者にとって最高の栄誉って言われてる『ハオ賞』を受賞したらしいんだ。それで先方が至急連絡をくれって言ってきて、だから僕が迎えに来たんだけど―――」

「正面からは入れなかったの?」



そういった正規の理由なら、例え中に入れてくれなかったとしても、その教授本人に取り次ぐ事くらいはしてくれるもんじゃないんだろうか。
それを口にすると、ジュードくんは首を横に振った。



「入り口のところにいた憲兵に、ハウス教授はもう帰ったって、出所記録も見せられたんだけど………」

「?」

「その、出所記録のところにある教授のサインがね…なんていうか、ちょっと引っかかっちゃって」

「…どういうこと?」

「筆跡が、明らかに違ったんだ」



シン、と静まり返った地下水路の狭い空間に、その声ははっきりと響いた。
私は足を止め、ジュードも足を止め、互いに向かい合う。



「……なるほど。だからジュードくんは、諦めきれなかったわけか」

「うん。実際、ハウス教授はまだ帰ってきていない。絶対、何かあるんじゃないかって思って」

「へえー…」



この歳にしては、聡明な判断だなぁ。
でも、そのせいか……ちょっと背伸びしすぎてるような気が、しなくもないけど。



「(ま、どっちにしろ私が言えた義理じゃないか)」



一瞬だけ眼を伏せて、すぐに押し上げる。



「わかった。そういうことなら、急ごう。…誰にも見つからないように、こっそりね」



こくりと頷いたジュードくんにこちらも頷き返し、私たちは再び足を進め始めた。


………にしてもなぁ。帰るといったきり帰ってこない教授。そのタイミングで知らされたハオ賞の受賞―――



「…どっからどう聞いても死亡フラグにしか聞こえない」

「トキワ?何か言った?」

「あ、ううん。何でもない」



不思議そうに首をかしげるジュードくんをちらりと見て、私は心なしか歩調を速めた。
嫌な予感…当たらなかったら嬉しいんだけどなぁ。






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