ロリーダーがゆく! | ナノ



02




午後からは博士の講義が入っている。
一通りの訓練を終え、汗だくの体をシャワー室でしっかり洗ってから、私は博士のラボまでやって来た。



「はーかーせー!きたですよー」

「チトセーッ!」

「むぎゅう!」



今日はどんなお話をしてくれるんだい?と内心わくわくしながらラボの扉をあけたその瞬間。
高速で中から飛び出してきた黄色い影に、おもいっきり抱きつかれた。
結論から言おう、コウタである。うわあなんかひさしぶり。



「こーたっ!」

「ひさしぶりだなぁチトセ!俺がいなくて寂しくなかった?ひとりでご飯食べれた!?あ、そういや俺がひたすらツバキ教官に絞られてる間に初陣行ってきたんだって!?怖くなかったか大丈夫か怪我してないか!?」



取り敢えず落ち着けお兄ちゃん。
コウタの止まらない怒濤のマシンガントークに若干引きつつ、私は大丈夫だと笑顔で答えた。
途端、ホッとしたように肩から力を抜くコウタ。



「こーた、心配してくれた?」

「ったりまえだろ!すげえ心配したっての!」



まぁ、怪我がないなら良かったけどと、コウタが苦笑しながら頭を撫でてくる。
少しくすぐったかったけれど、私は大人しくされるがままにされていた。



「はいはい、お二人さん。感動の再会は、そこまででいいかな?」



パンパン、と乾いた音。それまで相変わらずの胡散臭い笑顔で事の成り行きを見守っていた榊博士だ。
「そろそろ講義を始めたいんだけど?」と言う博士に、コウタはハッとしたように頭を下げる。漸く解放された。



「さて、それでは講義を始めようか。君たちは、アラガミってどんな存在だと思う?」



ラボの隅にあるソファーで隣り合わせに座った私達を見て、博士がそう切り出した。



「『人類の天敵』
 『絶対の捕食者』
 『世界を破壊するもの』

…まぁ、こんなところかな。これらの認識は、間違っていない。寧ろ、目の前にある事象を、素直にとらえられていると言えるだろうね。―――じゃあ、アラガミは何故、どうやって発生したか…考えたことあるかい?」



サカキ博士の妖しい笑みに、私とコウタは顔を見合わせる。

アラガミはある日突然現れて、爆発的に増殖したという。進化の過程をすっ飛ばしたように。それは今から数十年前の出来事で、当然私もコウタも生まれていない。
“異例”である私はともかくとして、コウタにとって、アラガミは“いて当たり前”の存在なのかもしれない。

だって、生まれたときにはもう、アラガミが蔓延る世界だったのだから。

そんなことを考えながら、改めてコウタを見る。…すごく大きな欠伸をしていた。オイ。



「なあなあ、この講義なんか意味あんのかな?アラガミの存在意義なんかどうでもよくね?」

「そうかね?」

「わぉ」

「うわっ!」



気付けば博士がコウタの真横に立っていた。気配感じなかったぞ…。それはコウタも同じだったようで。むしろコウタの方が驚きがでかい。まぁそうだよね。



「アラガミには脳がない。心臓も、脊髄すらもありはしない。私たち人間は頭や胸を吹き飛ばせば死んじゃうけど、アラガミはそんなことでは倒れない」



トン、と博士がコウタのおでこを軽くつつく。
そういう話を聞いていると、アラガミって頑丈だよなぁと思うのと同時に、人間ってやっぱり脆いなとも思う。

アラガミを形成するのはオラクル細胞―――オラクル細胞とは、考え、捕喰を行う一個の単細胞生物の集まりである。アラガミは群体であって、それ自体が何億、何兆もの生物の集まりなのだ。その細胞結合はしなやかで強固。既存の通常兵器では全く歯が立たない。



「じゃあ君たちは、アラガミとどう戦えばいいんだろうね?」

「ええとそれは、神機でとにかく斬ったり撃ったり……」

「そう。結論から言えば、同じオラクル細胞を用いた生体武器―――神機を用いて、アラガミを形成する数多のオラクル細胞の結合を断ち切るしかない。しかし、それによって霧散した細胞群も、やがては再集合して、新たな個体を形成するだろう。彼らの行動を司る司令細胞群《コア》を摘出するのが最善なんだが、これがまた困難な作業なんだよねぇ」



神機をもってしても、我々には決定打がない。

あくまで笑みを崩さず、博士はそう言い切った。



いつの間にか人々は、この絶対の存在を、かつて日本と呼ばれていたここ極東地域に伝わる伝承の神々――――八百万の神にたとえ、こう呼ぶようになった。


荒ぶる神々―――――



《アラガミ》――――と。