∴ 05 ――――その時、だった。 「!」 リンドウの指示を仰ぎながらコアの摘出作業を進めていたチトセの肩が、不意にぴくん、と跳ねたのだ。 勿論、それを見逃すリンドウではなく。 「…? おい、どうかしたのか?」 リンドウが訊ねると、チトセは無言のままゆっくりと立ち上がる。その手には、しっかりと神機が握られたままだ。 立ち上がったチトセは、ある一点をじっと見詰めたまま動かない。 様子が、おかしい。 不審に思ったリンドウが、もう一度声をかけようとした、その時。 「りん……リーダー」 チトセが先に、口を開いた。 「…来ます」 「!」 その一言に、何が来たんだ、と聞くほどリンドウもバカではない。むしろ、彼はこの新人よりも長くこの現場にいるのだ。 リンドウも素早く立ち上がり、ブラッドサージを構える。 暫くの、沈黙。その、直後。 ―――キシャァァアアア! 《アラガミ》の鳴き声が、響き渡った。 しかも、一匹ではない。あちらにも一匹、こちらにも一匹――――合計四匹の新たなオウガテイルが、二人をぐるりと取り囲んでいた。 「おーおー、団体さんのお出ましかよ。こりゃちょっと骨が折れ………」 リンドウが何時ものように軽口を叩こうとした、その時だった。 リンドウの脇を、藤色の風が駆け抜けた。 「……ッ!おい!?」 目にも止まらぬ早さで、地を蹴り、チトセはあっという間に集まってきたオウガテイルの一匹の目の前に躍り出る。 そのまま、オウガテイルの顔面に刃を叩きつけた。 当たり所が良かった(オウガテイルにしてみれば悪かった)のか、その一撃でオウガテイルは断末魔をあげることなく地面に倒れ伏す。それを見届けることなく、チトセは銃形態へと切り替えると、振り向き様に自身の背後に忍び寄っていたオウガテイルへと弾丸を浴びせた。 「ギィィィィ!」 一発、二発、三発。自分の弱点である炎属性の弾丸を立て続けに食らったオウガテイルは、四発目で耐えきれずに吹っ飛んだ。 チトセが追撃に向かおうとする。が、不意に後ろへと後退した。その瞬間、今までチトセがいた場所に、別のオウガテイルが降ってくる。発達した後ろ足と尻尾による、驚異の跳躍力。これもオウガテイルの特徴のひとつだ。 しかし、チトセは慌てない。 慌てず騒がず、着地したときに出来た一瞬の隙をついて発砲。その砲撃に怯んだオウガテイルを、刃形態に戻した神機で真っ二つに斬り裂いた。 次、と小さく彼女の唇が動いたのが微かに見える。 くるん、と柄のところで神機を、まるでバトンを回すように回転させ、チトセは神機を持ち直す。 また、新たな一匹が目の前にまで迫る。 ぐるん、と尻尾を振り回したオウガテイル。その勢いを逆に利用し、チトセは太い尾をすっぱりと切り落とした。 ―――的確な対応だ、とリンドウは思った。 的確も的確―――――的確すぎる、とも。 ・・・・・ 彼女はまるで、その行動を、 ・・・・・・・・ そのモーションを、 ・・・・・・・・・・・・ 私は全て知り尽くしているとでも言うような動きをする。 神機を刃形態に戻すのを見てから、リンドウがチトセに声をかけた。 「よく聞こえたな」 「ばーすと、してたから」 なるほど。 リンドウはまだ光を纏い続けるチトセの体をちらりと見下ろし、納得する。投与されたオラクル細胞の影響で聴力が常人より格段に引き上げられ、なおかつ先程オウガテイルを捕食した時にバーストした影響でさらに聴力が上がっている、と。 納得したリンドウの思考を、まだ生き残っているオウガテイルの雄叫びが遮った。 興奮しているのだろうか。瞳孔が開き、細く縦長に伸びた鋭い金色の眼が、血走っているように見える。 「…っと、敵(やっこ)さんまだ殺る気満々みたいだな。いけるか?」 「うん、だいじょぶ」 低く唸り、自分達を囲むオウガテイルの一団を見ながら、チトセが頷く。 「ダメっておもったら、逃げる。最初の命令、忘れてない、です」 ガチャ、と神機が重い音を出す。 風に揺れる藤色の隙間から、ちらりと碧が覗いた。 つい、と敵を見据え細められた瞳は、彼女の幼い容姿とは似合わず、ちぐはぐな色気すら感じさせ、少しドキリとした。 「…………いい子だ。じゃあ、ちょっくら一狩りいきますか!」 「りょか、ですっ!!」 ――――この子は、間違いなくこの世界にとって大きな武器となるだろう。 合図と共に同時に飛び出したチトセを視界の端にとらえながら、リンドウは人知れず目を細めた。 |