∴ 03 *** 今回のターゲットは、オウガテイル。 現在確認されているアラガミの中でも比較的弱い部類に入り、新人が現場に慣れるための任務によく組み込まれるアラガミだ。 が、弱いといってもアラガミ。油断をすれば、ベテランといえども命の危険がある。 「戦場では決して気を抜くなよ」とチトセに告げると、彼女は「りょかです」と頷いた。…りょかって、何だ? ――――ズシン… 「…!」 地面が、わずかに振動したのを感じた。 ヤツだ、とリンドウは咄嗟に物陰に身を隠す。チトセもそれに習った。 ちら、とそこから足音がした方を覗けば、そこには予想通り、オウガテイルがいた。教会の周辺をうろうろしている。数は、一匹。 「お嬢ちゃん、見えるか?あれがオウガテイルだ」 「…………」 じっ、とチトセがオウガテイルを見つめる。神機の柄を握る手に、僅かに力が入ったのをリンドウは見逃さない。ぽん、と宥めるように、藤色の頭に手を置いた。 「行けるか?」 初陣で死亡する新人は、残念ながら少なくない。それは、自分は神機に適合した数少ないゴッドイーターの一人なんだという思い、そして周囲からの期待や羨望といった様々な形のプレッシャーが、新人を昂らせる。いい意味でも、悪い意味でも。 そして、戦う力を得たからこそ、逆に間近で見たアラガミに恐怖してしまうこともある。 一番怖いのは、その恐怖心を押し殺そうとして、余計に感情を昂らせてしまうことだ。その結果、自暴自棄になって、闇雲にアラガミに突っ込み、自滅――――そんな新人を、リンドウは今までも数えきれないほど見てきた。 冷静さを欠き、我を失った人間ほど厄介なものはない。 ましてや、目の前にいるこの少女はまだ10歳の幼子だった。暴れる、ということはなくとも、恐怖で身をすくませる…という可能性は、十分にある。 だからリンドウは、彼女が一言でも「怖い」とか「嫌だ」とか、何でもいいが拒否する言葉を言えば、それはそれで構わなかった。 実戦の恐怖を知り、今の自分の限界を見極めるのも、ゴッドイーターとして、生き残るために大切な事柄の一つだ。 弱音を吐いたって、構わない。それは恥ずべき事ではない。むしろ、新人である今しか言えないからこそ、吐くべきなのかもしれない。 逃げることは愚かではない。 自らの力量を推し測らず、命を省みぬ者が愚かなのだ。 リンドウはチトセを見下ろした。その小さな身体が発するサインを、何一つとして見逃さないよう、リンドウはチトセを注視した。 チトセがリンドウを見上げる。さらり、と藤色の前髪が流れるように揺れて、その隙間から覗く碧眼が、リンドウの瞳を真っ直ぐに射抜いた。 「だいじょぶ」 ――――言い切った。 リンドウの目を真っ直ぐに見詰め、少女ははっきりと言い切った。 「だいじょぶ、出来る」 「…そうか」 躊躇いも迷いもなく言い切ったチトセに、リンドウは暫し呆気に取られた後、頷いた。 「じゃ、行ってみっか。危ないと思ったらフォローしてやっから」 「うん。お願いする、…しますっ」 に、と笑顔を浮かべて、チトセは神機の柄を握り直した。それから、ちらりとリンドウの顔を見る。 リンドウがひとつ、頷いて見せれば、チトセは瞳を伏せ、一度深呼吸をする。 そして――――― ――――ザッ! 瞳を開いたのと同時に、地面を蹴って物陰から飛び出した。 草影に落ちていた何かを見つけたらしいオウガテイルは、それを捕食することに夢中でチトセの存在に気付いていない。それを良いことに、チトセはオウガテイルの背後にまで走り寄ると、大きく神機を振りかぶり――――― 「―――はぁっ!」 お食事中のオウガテイルに向かって、勢いよく叩きつけた。 背中に不意打ちの斬撃を喰らったオウガテイルは、チトセの存在に漸く気付く。が、オウガテイルが彼女を認識し、振り向いたのと同時に、チトセはもう一度神機を振り抜いた。 肉を斬る嫌な音が響き、悲鳴を上げたオウガテイルが、そのままの勢いで後ろへと吹っ飛んでいく。 その間、僅か二秒。 |