ロリーダーがゆく! | ナノ



02




「……………………」

「……………………」

「………………あの、マジすか姉上」

「マジだ。それからリンドウ、ここでは姉上と呼ぶな」

「いや、そんなことより問題はこっちでしょ、姉う………あ、いやスンマセン上官殿。なんでもないです」



無言で拳を握り、睨みを効かせてきたツバキを見て、黒髪の男が冷や汗をかきながら一歩後退する。

フェンリル極東支部第一部隊隊長、雨宮リンドウ。どこか飄々とした雰囲気を漂わせてはいるが、実質上このアナグラの最強戦力である。
リンドウは、新人の実地演習に同行することが多い。それは彼の持つ独特な雰囲気や、掻い潜ってきた死線の数、常に平静を失わないことや、それに比例する経験、そしてリンドウの任務における同行者の生存率の高さもまた、関係している。
隊長として、先輩として、様々な新人神機使いの任務に同行してきた…が、今回はそんなリンドウですら、思わず眉間に皺を寄せてしまう。



「入隊してまだ間もない新人が、もう実地演習って。早すぎじゃないですか」



先日入隊した、新人神機使いの初の実地演習についてのことだった。
通常、新人は教練担当の人間から与えられる厳しいカリキュラムを、約一月に渡って行わねばならない。そしてその後、戦場に出ても問題ないかを複数人から判断を受け、ようやく実地演習に繰り出せるのだ。訓練をしっかりしておかないまま戦場へ出れば、遅かれ早かれ戦死する。
場数を踏んだベテランですら、アラガミに容易く殺される。新人が命を落とすことなど、珍しくもない。だからこそ、一月という期間内で、生き残るためのあらゆる術をその身に叩き込むのだ。


ここは、そういう世界だ。だからこそ、入隊して一週間の人間が実地演習に行くなど、異例中の異例で。



「そうは言ってもな…」



ツバキはため息混じりに、リンドウへ自分が持っていたボードを手渡した。



「上からのOKが出たんだ、仕方ないだろう」



――――リンドウが受け取ったボードには、新人がこの一月でこなすはずの訓練一覧…そしてその全ての項目に記入された、『SSS+』の文字が表記されていた。



「………………嘘でしょ」

「残念ながら事実だ」



私もこの目を疑った、と溜め息をつくツバキに、リンドウは表情に出さないまでも、心の中で舌を巻いた。
聞けば、この新人はまだ入隊して二週間だと言う。通常の訓練生の約二倍のスピードで、全てのカリキュラムをこなしたと言うのだろうか。


どんな超人だよ、とボードに挟まれた紙を一枚捲りながら思わず声に出しかけ―――――リンドウは、さらに目を見開いた。



「……………あの、上官殿」

「なんだ」

「…俺、とうとう目がおかしくなったんでしょうか。この新人のプロフィールのところに、『年齢10歳』って表記が見えるんですが」

「安心しろ、お前の目は正常だ」

「いやいや別の意味で異常でしょう!?」



あっけからんという姉に、思わず呆気にとられる。…こんな超人スキルを持つのだから、もっと経験を積んだ大人かとも思っていたのに、まさかの真逆。


10歳。すげー子供じゃねーか。


自分が初陣を経験したのは十年ほど前。あの頃と比べると、新米の年齢も下がりつつある。16歳でゴッドイーターになった自分は当時、周りからも珍しがられたものであったが、今となっては十代など珍しくもない。


…が。流石にこれは珍しいの範疇をこえているだろう。10歳って。10歳って…!



「…ソーマでも、入隊したのは11でしたよね?しかも初陣はその一年後で、12歳の時」



リンドウは脳裏に自分の同僚を思い浮かべた。寡黙すぎるほどに寡黙な、年下の同僚を。



「早すぎませんか」



先ほどと同じ言葉を、リンドウはもう一度繰り返した。
先ほどよりも、静かな声で。

真っ直ぐに自分を見つめてくる弟に、ツバキは小さく嘆息した。
ツバキだって、そう思ってはいる。思ってはいる、けれど。



「…現状を見れば、そうも言ってられないだろう」



かつて70億人近く存在した地球上の人口は、アラガミの出現により激減。一時は、一日に10万人以上がアラガミにより補食されていた時代もあったという。
そしてそれは、アラガミを倒すことの出来る唯一の武器・神機が開発され、それを扱うことができる選ばれた存在・神機使い―――通称ゴッドイーターが現れた現在でも、あまり改善されてはいなかった。

確かに、アラガミという脅威に立ち向かう力を人類は得た。
しかし、そんな彼らとて限界はある。全ての人類―――否。常に戦場に立ち死と隣り合わせの生活を送っているゴッドイーターたちは、自分の命すら守りきれず死んでいくことも多い。

力を得たゴッドイーターですら喰らうアラガミに、非力な大多数の人類が抗えるはずもなく。
今も、かつての10万人とは言わないが、日々この世界の何処かで、誰かしらがアラガミに喰われ、命を落としていく。


―――リンドウの意見もわかる。自分とて、同じ気持ちだ。かつては、他ならぬ自分もゴッドイーターとして戦場にいた身。大の大人であれ簡単に命を落とすその場所がどんなに危険かということは、ツバキも身に染みてよく理解していた。



しかし、そんな危機的状況下で、甘えた考えは許されないのも、また事実であった。



「わかっているだろう、リンドウ」



幼いとはいえ、訓練のこの結果を見れば、今すぐにでも戦線に出して何ら問題はない。

今の世界に、使える人間(モノ)を幼いからという理由で遊ばせておく余裕など、ない。


ツバキにボードを返しながら、リンドウはなんとも言えない気持ちになった。

あぁ、とうとうこの世界は、年端もいかぬ子どもを――――まだ自分の半分も生きていない幼い少女ですらも、戦場に引っ張り出さねばならないようにまでなってしまったのか。
リンドウの胸に、じわじわと苦いものが広がっていく。

しかし、上が出した決定なら、従わねばならない。そこに自分達の感情を挟むことはできない。



―――自分達は、人類に仇なす偽りの神を喰らう…彼らの『犬』なのだから。



「…暁チトセの実地演習は、3日後に贖罪の街にて行う予定だ。同行を頼んだぞ、リンドウ」

「…りょーかいしました、姉上」



姉上と呼ぶな、とツバキはすかさず受け取ったボードでリンドウの頭を叩いた。リンドウは、今までのシリアスな空気を払拭するように、軽い調子で笑って見せる。


そうでもしないと、やっていけない気がした。