∴ 02 しかし支部長はそんな博士の言葉を美しい微笑みでかわし、改めてこちらに向き直った。 「適合テストではご苦労だった。―――君には期待しているよ、お嬢さん」 「彼も元技術屋なんだ。本当は自分で研究したくて仕方ないんじゃないかな?」 「貴方がいるから技術屋を廃業したんだ。…自覚したまえ」 「本当に廃業しちゃったのかい?」 サカキ博士の探るような視線が支部長に向けられる。 うわーい空気悪い。 つーかこんな子供の前で水面下の戦いしないでくださいよ。中身全然幼女じゃないけど。 そんな顔の私に気づいたのか。支部長はフとこちらを見て、わざとらしく咳払いをひとつ。 サカキ博士もそれ以上は追求せず、パソコンに向き直ると再び物凄いスピードで指を動かし始める。 「さて、ここからが本題だ。我々フェンリルの目標を、改めて説明しよう」 淡い色合いの瞳に見つめられる。 ぴん、と空気が張り詰めた…ような気がする。 「君の直接の任務は、ここ極東地域一体のアラガミの討伐と、素材の回収だ。それらはすべて、ここ全線基地の維持と、来るべきエイジス計画のための資源に「この数値は…!」 「…………」 説明の途中で彼の声に被るように大声を出したサカキ博士。支部長はちらりとそれを一瞥し、咳払いをひとつすると再び説明に戻る。 ちなみに私はスルーした。 「エイジス計画とは、簡単に言うとこの極東支部の沖合い、旧日本海溝付近にアラガミの脅威から完全に守られた楽園を「おおおおっ…!」 「………………」 「この計画が完遂すれば、少なくとも人類は当面絶滅の危「すごい!これが新型か…!!」 博士うっせえ。 「ペイラー、説明の邪魔だ」 「あぁ、ゴメンゴメン!予想外の数値に、ちょっと舞い上がっちゃったんだ!」 そう言って、興奮気味にキーボードを叩く博士。その姿は、まるで新しいおもちゃを見つけてテンションをあげる子供のようだ。 「ともあれ、人類の未来のためだ。尽力してくれ」 諦めたな支部長。 溜息一つで強引に話を終わらせた支部長。そのまま仕事があるからと部屋を出て行こうとして―――ふと、扉の前で足を止めた。 「そうだ、チトセくん」 「あい?」 「メディカルチェックが終わった後、自室のクローゼットを見てくれるかい」 「?」 クローゼット? 小首を傾げる。支部長はフッと笑った。 「ささやかではあるが、私からプレゼントを贈らせてもらっておいた」 「ぷれぜんと?」 「ああ、喜んでくれると嬉しいのだがね。では、失礼」 そういって、支部長は今度こそ本当に部屋から出て行った。 …なんだろう、プレゼントって。てか、そんなものもらうイベントなんてあったっけ…? 「さて、準備完了だよ。そこのベッドに横になってくれるかい」 「! あい」 ま、後で考えるか。妙なものだったら速やかに処分する方向で。 そう結論付け、ひょいと片手を挙げた。 そして私はサカキ博士に指定された寝台の上に――― 上れなかった。高さ足りなかった。畜生幼女つらい。 「…届かないのかい?」 「とどかねーです」 ふん!ふん!と何度かジャンプしてみるけれど、手は届くのに足が届かない。 この微妙な高さが憎い。なんだこのやろっ、私の身長嘲笑ってんのか!どうせチビだよ、幼女だよ!そしてそこ、こっそり笑うんじゃない!モニターの影に隠れてるけど結構バレバレだよ博士! 半ばムキになって、なんとかよじ登ろうと奮闘する。 すると、突然ひょいっと体が浮いた。 「…はかせ?」 「なんだい?」 いや、なんだいって。 私は博士に抱えられていた。ええ何この状況。 内心ちょっとテンパっていると、そのまま寝台の上に下ろされた。 あ、そういうことなんですか。ありがとうございます。 「はかせ、ありがとー」 「はは、どういたしまして」 博士実はロリコンかよとか思っちゃいました、ごめんなさい。 当然博士はそんな私の思考に気づくことなく、あの胡散臭い笑顔で藤色の髪を撫でた。 そのまま大人しく横になったとたん、どういう原理か知らないが突然襲ってきた眠気。 急速に閉ざされていく意識の中で、とても愉しそうな博士の声が聴こえた。 「少し眠くなるけど心配しなくていいよ。次に目覚めるときは自分の部屋だからね。戦士のつかの間の休息というやつだ。予定では10800秒――――じゃ、ゆっくりおやすみ」 |