∴ 03 「立て」 「へっ?」 「立てと言っている。立たんか!」 突然の美女の登場、そして理解する間もなく放たれた命令に、コウタが弾かれたように立ち上がった。その隣で、チトセも椅子からぴょんと飛び降りて立ち上がる。 その刹那、ツバキがチトセを見つめる目が、一瞬だけ哀しそうに細められた。 「―――予定が詰まっているので簡潔に済ますぞ。私の名前は雨宮ツバキ。お前達の教練担当者だ」 ――――お前、達? ツバキの言葉に疑問を感じたコウタだったが、彼女から放たれる威圧感に負け口を開くことは憚られた。 「この後の予定は、メディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう。今までは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全てYESで答えろ。いいな?……わかったら返事をしろ!」 「はっはい!」 「あい」 ビクッと肩を跳ねさせるコウタの横で、ひょい、とチトセが小さな手を上げる。 「では、早速メディカルチェックに………」 「あ、あの!」 「なんだ」 ぱら、と片手に持ったボードの紙を一枚めくって次の用件に移ろうとしたツバキに、コウタが勢いよく挙手して発言の許可を求める。 ツバキは静かな眼差しで、コウタを見た。 「あの、チトセ…この子は、その………」 「?」 歯切れ悪く言葉をつむぐコウタを、チトセは小首を傾げて見上げる。 ツバキが少しだけ顔をゆがめた。 なんとなく、嫌な予感がした。最初は誰か職員の親族かと思っていた。しかし、ツバキはチトセまでも数に入っているかのような口ぶりで話を進めている。 でも、まさか、こんな小さい子が。 どういう風な言葉にしようか迷い、しどろもどろになるコウタ。しかし、言いたいことは痛いほどツバキに伝わっただろう。小さく嘆息し、そっと口を開いた。 「暁チトセ。彼女はこのフェンリル極東支部初の……最年少新型ゴッドイーターだ」 「ゴッド…ッ!?しかも、新型って!?」 ただ、驚愕しかなかった。 こんな幼い子が、しかも現在注目されている新型の神機使い? 妹よりも幼い、この子が。 「質問は以上か。ならば早速メディカルチェックに入る。まずは暁チトセ。お前からだ」 「!」 ぴくん、とチトセが反応し、ツバキを見上げた。 「ペイラー・サカキ博士の部屋に一五〇〇までに集まるように」 「…ひとごーまるまる?」 「そうだ。大体二時間後だな。その後は藤木コウタ、お前のメディカルチェックになる。それまで、この施設を見回っておくといい。今日からお前達が世話になる、フェンリル極東支部―――通称『アナグラ』だ。メンバーに挨拶の一つでもしておくように」 「あい」 ひょい、とチトセが片手を挙げた。 ツバキはそんなチトセと、黙り込んだままのコウタを交互に見ると、そのまま颯爽と歩き去ってしまった。 エントランスに残された二人。 チトセは、コウタを見上げた。 「こーた、いこ?」 「…………」 「こーた?」 答えないコウタ。チトセはコウタの手を握った。 その瞬間、弾かれたようにコウタが我に返って顔を上げる。 「こーた、つばきしゃ…えっと、つばききょーかん、この中見て来いって。一緒に行こう?」 「う、うん。いこっか」 慌てて笑顔を取り繕う。 それは明らかに無理矢理な笑顔ではあったが、チトセはそれに触れずにっこりと笑顔を浮かべる。 その笑顔に、胸が締め付けられた。 …まだ、彼女はこんなに幼いのに。 まだ、『守られる側』であるべき年齢なのに。 『新型』に適合したからといって…命の危機にさらされるべきでは、ないはずなのに。 コウタの脳裏に、家で自分を待っている妹と母が浮かんだ。 あの二人を守るため、自分はゴッドイーターになった。自分が選ばれ、戦うことで、父が残したあの二人を、守るために。 でも――――― 「チトセ」 「?」 「オレが、お前の事守ってやるからな」 「? ぼくも『ごっどいーたー』だから、守る側だよ?」 「それでも。オレがしっかり守ってやるからな、チトセ!」 チトセは不思議そうな顔をしている。小首を傾げると、さらさらの藤色の髪が流れるように揺れた。 そんなチトセの頭を撫で、コウタはしっかりと彼女の手を握った。 戦うことから逃れられないのなら。 せめて、精一杯守ろう。この小さな手が、小さな命が、消えてしまわないように。 |