ただ、ハッピーエンドがほしかっただけ。 「テツヤ」 練習中にそう呼べばびく、と反応を見せる肩。表情が少し堅くなったのをばれないようにと平然を装う。 「なん、でしょうか赤司く、」 「おいで」 言い終わらないうちにテツヤの言葉を断ち切る。 なんだなんだと僕とテツヤを交互に見る者と少しだけこちらを見てすぐに視線を戻す者。ちなみに珍しく練習にきたキセキたちは後者だ。前だったら異常なほど反応していたのに、と滑稽に思えてくる。 少し笑みを浮かべてテツヤを見た。震える水色。 “もう一人”の僕を知ってるのは今のところ彼しかいないからだろう。それに怯えるところがテツヤの可愛いところだ。 視線を浴びながらテツヤがゆっくりと近付いてくる。きゅっとテツヤの手のなかのボールが擦れて音をたてる。そんな小さな音すら響く体育館。あのテツヤが目立っている。 「どうか…しましたか…?」 「あぁ、ちょっと話があるんだ。来てくれないか」 「でも今は練習中で…」 「来い。僕に同じ言葉を何度も言わせるな。」 一歩近付く。 びくっとテツヤの肩が跳ねた。 「すっ…すみません…でした…」 素直に謝罪するテツヤに満足して体育館を出る。 テツヤは察したように外へと足を向けた。 そんなときに桃井が声をかける。 「テツくん?」 「あ…桃井さん、すみません、ボール預かっていてください。ちょっと出てきます」 返り見れば押し付けるようにボールを渡していた。 桃井の表情が変わる。 「あ、預かってはおくけど…」 「ありがとうございます、行ってきます」 「えっちょ、ちょっと待って!テツくん!」 呼び止める桃井の声を無視して僕のもとへくるテツヤに優越感を覚える。テツヤは従順だ。 「行こうか、テツヤ」 「…はい…」 小さい返事を聞くと悠然と歩き出す。 まだ桃井が何か言っていた。 「テツくん…なんであんなに…」 「桃っち?どうしたんスか?」 「あ、きーちゃん…あのね、テツくんの顔ちょっと見えて、それで…」 「黒子っちの顔が?」 「その…何かに怯えてる顔してて、ものすごく顔色、悪かったの…まるで…」 “恐怖”に見つかったみたいに。 その桃井の言葉に口角が上がった。 -------- 「…赤司くん、話とは…」 「ん?あぁ…」 スッと手を伸ばしてテツヤの頬に触れた。 恐怖を感じた身体は面白いほど跳ね、固まる。呼吸が速くなっていく。 「テツヤ、いい目をしてきたなと思ってね。」 「え…目…?」 拍子抜けしたように瞬きを繰り返す。 無表情が少し崩れた。 「うん…悩み苦しむ目…すごくいいよ」 頬に置いていた指先を目に近付ける。 後ずさるテツヤ。小さく喉が鳴る。崩れていた無表情が恐怖に染まっていく様は実に滑稽でこんな表情は僕しか見れないのだろう。優越感が広がる。 じりじりと近寄って、テツヤは後ろへ下がって。 ついにテツヤの後ろには壁。あぁ、目が見開かれて綺麗な水色が溢れ落ちそうだ。こんなにも潤んでいて光って綺麗なものを無くすのは惜しい。 ぎり、とテツヤの目元に爪を立てる。 「い゛っ…!?」 「痛いかい?その痛みに耐える姿も可愛いね。全くテツヤは僕をどうしたいんだろう?教えてくれないか」 ぎりぎり。テツヤの涙と血が徐々に混ざりあう。 白い肌に赤い血が映えて思わず綺麗だ、と呟く。 「なっ…痛いです…やめてくださいっ…」 「あぁ、すまない。テツヤがあまりにも目を見開くから落ちてしまうんじゃないかと思って」 「なに言ってるんですか…落ちるわけないでしょう」 「そうだね」 微笑んで手を降ろす最中、ごしと血を拭ってやると呻き声をあげる。 「き、傷口触らないでください…」 「悪い。血が目に入ってないか?」 「目元に爪たてといて入らないわけないでしょう…結局、なにがしたいんです?」 僕が微笑んだことでテツヤの緊張はとけたらしい。怯えていた様子を微塵も見せず聞いてくる。 「…テツヤはキセキが開花してから感情を消しているだろう?それが面白くてつい、二人きりになりたくなった」 「面白いって…」 「あぁ。健気で哀れで儚くて…実に愉快だ。」 離れていた距離を一気に埋めてテツヤの頬に両手を添える。もちろん指先は傷口に。 「ッー!」 「本当は泣きたいぐらい苦しいだろうに…それがばれないよう必死になってる。愉快すぎるよ。」 「な、に…を…!僕はっ…」 「テツヤは大輝たちが戻ると思ってるのか?言っただろう。もう直せないと。」 「っ…あ、青峰くんは…!」 ぎり、ぐちゃ。 「い゛っう…!いた、や、やめっ…」 「僕といるときに他の奴の名前を出すな。あぁ、僕が大輝って言ったんだっけ?理不尽だったかな」 傷口から指先を外すとねちゃ、と爪に赤色がついた。不思議と嫌ではない。 ぼろぼろと溢れる涙がいとおしくて軽くキスをする。 びくりと揺れる睫毛と肩。 「…テツヤ、目をあけて。」 耳元で囁くとゆっくりと開く。恐怖の色を映す目。 慈しみを込めて、優しく顔を包む。 「あのね、テツヤ。テツヤはね、ただ、ハッピーエンドがほしかっただけなんだよ」 諭す。 見開かれた水色。 絶望に怯える表情。 それすらも、すべて愛しくて。 「自分にとっての幸せを、失いたくなかったんだよ。可愛いね。」 微笑んで、震える身体を引き寄せた。 ただ、ハッピーエンドがほしかっただけ。 (そんな君がいとおしくて、) (骨の髄まで喰べてしまいたい。) → ――――――――― 祐希ちゃんに赤黒っぽいたいとる(無理やり)聞いて執筆w 2013.08.19. |