「…あず、どこ…?」

キョロキョロと辺りを見ても見慣れた黒髪は見えない。
あずが見つかるどころか、さっきから同じところを行ったり来たりしている気がする。
私は、完全に迷子になっていた…。

陽日先生に寮を案内してもらった後、あずが学校内を案内してくれることになった。
あずは陽日先生も誘ったんだけど用事があるらしく、先生とは寮の前で別れ、それからあずに校舎を案内してもらった。
想像以上に星月学園は広くて、道に迷いそうだなぁ…なんて考えていたら甘い匂いがした。
甘いものが大好きな私はほぼ無意識に匂いがする方へ行ってしまい、気付いたらあずとはぐれ今に至る。

「…」

こんな時に限って携帯は電池切れで連絡もできない。
しばらくぐるぐると歩いていたら、さっきの甘い匂いがした。
さっきよりも近い気がして匂いを頼りに進むと、食堂と書いてある場所についた。
恐る恐るドアを開けると、中には綺麗なミルクブラウンの髪の男の子がいた。
私が入ってきた事に気付いたのか、顔を上げて私の方を見た。
青色の瞳と目が合う。

「木ノ瀬君…じゃないな。…君は?」
「あ…えっと……」

多分この人が言ってる木ノ瀬は、あずの事だ。
あずの知り合いなら事情を話して連絡してもらおう。
そう思うのに上手く言葉がでない…。
何か言おうとすればするほど声は震え、少しずつだけど視界がぼやけてくる。
何も言わない私を不思議に思ったのか、男の子が近づいてくる。
目の前まで来た時、私は無意識に小さく短い悲鳴をあげて後退った。

あぁ、やっちゃった……。
頭の中が後悔の二文字で埋まる。
だって、こんなことされたら誰でも怒るもん。
恐くて彼の顔が見れない。
体が震える。
ぎゅっ、と目を閉じた時……


「落ち着いて。」


上から降ってきた言葉は、予想していたような冷たい言葉ではなかった。
驚いて思わず顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。

「大丈夫?ゆっくりでいいからね。」

ゆっくりと体の力が抜け、震えも止まった時だった。


「有紗…!!」


食堂の扉が開く音と私を呼ぶ声。
振り返るとそこにはあずがいた。
あずは私と男の子を交互に見た後こっちにきた。

「すみません、東月先輩。この様子だとご迷惑をおかけしたみたいですね。」

あずの言葉に男の子…─────東月先輩が首を横に振る。

「そんなことないよ。この子は木ノ瀬君の知り合い?」
「はい。僕の双子の妹で、星月学園に転入するんです。」

あずに肩を軽く叩かれる。

「き、木ノ瀬…有紗です…。あの、さっきは…すみませんでした…。」

そう言って、私はあずの後ろに隠れた。
さっきの事を思い出してまた体が震える。
しかも、先輩だったなんて…余計に恐い。
私の様子に気付いたのか、あずに優しく頭を撫でられる。

「…すみません、先輩。有紗は人見知りなんで昔からこうなんです。」

あずの言葉に東月先輩は、そうなんだ…と一言呟くと厨房の方へ向かう。

やっぱり怒らせちゃったな…。

そう思いながら厨房の方を見ていると、すぐに東月先輩が戻って来た。
その手にはさっきは無かった小さな包み。
東月先輩は私の前に来ると、さっきみたいに目線合わせるようにしゃがんだ。

「俺は東月錫也。これからよろしくな。何か困ったことがいつでも力になるよ。」

そう言って東月先輩は小さな包みを私に差し出す。

「これ俺が作ったんだけどよかったらどうぞ。」

にこりと微笑まれて、私は東月先輩から包みを受け取る。
中には美味しそうなクッキーが入ってた。

「い、いいんですか…?」
「もちろん。…あ、甘いもの嫌いだった?」
「いえっ…大好き…です……。あ、ありがとう、ございます。」

噛みそうになりながらもお礼を言うと、東月先輩は優しく笑う。
つられて私の顔にも笑みがこぼれた。



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