目の前に広がるのは大きな青いそれ。奥に広がるほど、その青はどんどん濃さを増していて。
上を見上げれば白が混じった白にも青にも満たない、いわゆる空色が広がっている。

静かに漂ってはまた引いて。

ゆらゆら。

ゆらゆら。



太陽の光で反射する水面はきらきらしていた。



「海だ。」


隣で太陽に反射する光に負けないくらいキラキラ目を輝かせているのは幼馴染みのハルだった。


「うん、海だね。」



一通り準備をして一目散にハルはわたしにこう言った。


「入ってくる。」
「うん、行ってらっしゃい。」




ひらひらと大きな背中に手を降り、わたしはビーチパラソルが作ってくれた日陰でハルの帰りを待つことにする。ハル。幼馴染みの七瀬遙。水がないと生きていけない魚みたいな人。幼馴染みであって、恋人ってわけでもないけど…ハルが隣にいるのが当たり前な毎日。
だからこうして海に来ることもよくある。今日はまこちゃんもなぎちゃんもいない2人だけの休日だ。


いつのまにかハルはどんどん小さくなっていった。
あ、海に入った。と、思ったらもう見えない。ハルは泳ぐのが早いから。もう他の人に混じって、ううん。海に混じって見えない。
深い深い青に混じって見えない。

きっと、わたしの知らないハルだけが見える世界へと泳ぎに行ったんだ。わたしは泳ぐのが上手じゃないから。だから、ハルと泳いでも置いてきぼりにされちゃうんだ。
いつしかわたしはハルの帰りを、ただじっと待っていることにしたのだ。太陽に照らされた砂達は熱がこもって熱いくらい。でも、日陰にいるわたしのところは適温だ。



さらさら。


砂をすくいあげるけど、指の隙間から零れて砂の山はあっというまになくなってしまった。


さらさら。



指の隙間から今度は海を見てみる。まだハルの姿は見えない。
ハルがどこにいるのかも分からない。ハルが海に溶けちゃったみたいに。




「……………。」


あれ?

溶けた?

何が?


……ハルが??



ぽたぽた。


「あ、れ……?」



わたし、泣いてる?



気付いちゃいけないことに気付いちゃった。
ハルがこのまま帰ってこなかったら?急に不安になった。そんなこと今まで考えたこともなかったのに。ハルがいなくなる?
そんなこと考えたことないし想像できない。
このままハルは海に溶けて帰ってこないんじゃないか。そんなのやだ。ハルは海にあげない。やだ、やだ、やだ、やだよ。


「やだよ…ハル……帰ってきてよ…。」



ぽろぽろ。



いつしか涙が溢れて足元の砂にシミを作っていた。そこから水分を吸収した砂は固まり砂本来のさらさらしたものではなくなっていた。




「……っ。ハル……!!」
「なに?呼んだ?」


聞き慣れた声がふと上から聞こえた。わたしはつられて見上げる。
あれ、太陽の光が少し入ってきて眩しい。



「……ハル?」
「…………。」


その声は間違いなくハル。だけど、返事が返ってこない。



「…泣いてんの?」
「え、なんで?…泣いてなんかいないよ。」




そう、泣いてなんかいない。これは砂が入っただけなんだ。そう自分に言い聞かせながらも下を向く。

グイッと手首を掴まれた。それに驚いたわたしは反動と一緒に引っ張られた方に倒れる。

「泣いてんじゃん。」

と、言われて目の前にハルの顔。
いきなりの近さに目を見開くわたしと、真っ直ぐわたしを見つめるハルの瞳と目が合った。




「ごめん、帰ってくるの遅かったか?」
「ち、がうよ!ハルが…ハルが遅いのなんていつものことで……。」
「?」
「ハルが、このまま帰ってこなかったらどうしようって急に怖くなって。ハルが海に溶けちゃったんじゃないかって…。」



ああ、わたし何を言ってるんだろ?でもそう思ってしまったから仕方ない。でも、これはきっと砂が目に入ってしまったとか何かが重なってこうなっただけなんだ。そう自分に言い聞かせてみる。
そして、ハルの大きな腕が背中に回ってきた。ちっさいわたしは隠れちゃうくらいハルの身体は大きくて。そんなハルに抱きしめられていた。



「馬鹿だな。なまえは水で空気だ。俺にとっては。」
「だから、俺が海に溶けることなんてない。なまえがいないのにそんなことできない。」
「……………バカ。」
「……ごめん。」
「ハルのバカ…!」



そうわたしに言うハルの顔は少し赤くて。でもその表情は照れ臭そうに笑っていて。
そんなわたしもつられて笑った。




海と水と空気と君と



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