あんたには言葉が通じないわけ?


†Case8:あんたには言葉が通じないわけ?




私が頷いたのを見て、幸村君が柳君に声をかける。


幸村君は柳君のことを下の名前で呼んでいたことから、普段は名前呼びなのだろう。


さっき苗字呼びだったのは、柳君の下の名前を私が知らないという可能性があったから何だろう。


幸村君は柳君の他に、こちらも先程幸村君から助けてくれた男の子に声をかけた。


多少見た目はあれだが、制服を着ているところを見ると同じ学生だということが分かる。


「とりあえず自己紹介をしておくよ。何かあればここにいる奴に伝えること、いいね?」


幸村君の言葉にコクリと頷くと、順に説明してくれる。


私を助けてくれた男の子は真田君だそうで、やはり彼は学生だった。


『幸村君、真田君、柳君、仁王君、柳生君、ジャッカル君、赤也君。あ、あとブン太』


メンバーはこれだけかと問えば、レギュラーはね、との返答。


何人くらい部員がいるのかを尋ねれば、流石常勝立海、凄い数だ。


でもまあ、大半は練習についていけず辞めるそうだが…。


それにしても、部員の数が相当いるだけに、ここにいるレギュラーメンバーは皆凄いんだなあ、と今更ながら感心した。


興味はたいしてないが、機会があれば一度彼らのテニスを見てみたいと思う。


あくまで機会があればの話だが。


『私は三年B組の名字名前です。よろしく。あ、私のことは苗字で呼び捨てで構わないから。苗字は出来れば絶対。あと、あまり話しかけないでくれると有り難いかも』


初対面の人には失礼だろうが、理由は女子に目をつけられたり、面倒事に巻き込まれたくないからだ。


††††††††††


皆が頷いてくれたのを確認して、早速だけどと口を開いた。


『幽霊が見えたって言ってた人の名前、教えてくれないかな?』


そう言うと、柳君が何処からかノートを取り出し、メモ帳に何かを書き込みだす。


暫くして一枚のメモ用紙を渡され、内容を確認すると、幽霊を見た人の名前や体調不良の具合など、かなり詳しく書かれていた。


ありがとう、とお礼を言いその紙に目を通す。


「…あのさ、俺今日以外は毎日見てんだけど、例の幽霊」


怖ず怖ずと言いにくそうに言うブン太に視線が集まる。


幸村君がブン太に黒い笑顔を向けて、続きを促した。


「俺が入部した頃からこの部室で見てはいたんだよ。だけど、とくに何も無かったから放っておいたんだけど…」


部室以外の場所には姿を見せないらしい。


今日は一度も見ていない、ということは私の存在に警戒して姿を隠している頭のいい幽霊なんだろう。


それにしても、放っていたとは…。


あれほど幽霊はいつ悪霊に変わるか分からないから見つけたらすぐに言えと言ったのに。


『ブン太、あんた最近変わったことしなかった?』


「…そいつ、いつも俺のこと見てくるから思わず話しかけちまった」


『幽霊を放っておくなと、私は何度も言ったよね?それに幽霊に話しかけた?幽霊に話しかけるなとも私、何度も言ったわよね。それこそ口を酸っぱくして。…何か反論は?』


ブン太に笑顔を張り付けてそう言うと、ブン太は顔を俯けた。


反省していることは分かるので、責めるのは止めることにする。


まあ、過ぎてしまったことは仕方ない。


『幸村君、この事件すぐに解決しちゃいそう。一応詳しく調べたいから今日はもう帰るね。明日、また来るよ』


じゃあね、と背を向けると、幸村君から声がかかった。


何だと思い、振り返る。


「もう遅いし今日は部活もない。丸井に送ってもらいなよ、って言いたいところだけど生憎、丸井には聞かなきゃいけないことが山ほどあってね。だから誰か代わりに名字さんを送ってくれないか?」


ブン太が可哀相だとは思うが私との約束を破った罰だ、助けてやらない。


幸村君の提案は丁寧に断ろうとしたけど、ムリだった。


流石こんなに個性豊かなメンバーを纏めているだけあって、圧力が半端ない。


私は大人しく幸村君に従った。


††††††††††


名乗り出たのは仁王君と赤也君で、明らか仁王君は暇潰しとかそういう理由だろう。


幸村君に名字さんが決めていいよ、と言われた瞬間に赤也君を指名した。


実のところ、ジャッカル君がいたなら彼を指名していたと思うが、彼はブン太のお守りをしなきゃいけないから仕方ない。


仁王君からの不満そうな、何処か拗ねたような視線を知らんふりして、部室を後にした。


「名前先輩、待って下さいよ!」


『早くしないと置いてくよ』


赤也君が先に部室を出てずんずん歩く私を小走りで追いかけてくる。


少し遠くなった部室からは、ブン太の悲鳴のような謝罪が聞こえた。


ご愁傷様、ブン太。


でもまあ、ブン太が名乗り出てくれたお陰でこの件も早く解決しそうだ。


上手くいけば、マネージャーになるって話しもなくなるかもしれない。


そう思うと、正直に話してくれたブン太に感謝だ。


…ん?待てよ。


そもそも、ブン太がその幽霊を放置した揚句話しかけたからこんな面倒な事に巻き込まれたのか。


訂正、やはりブン太は幸村君にこってり怒られるといい。


赤也君と会話を楽しみながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。


††††††††††


『赤也君、送ってくれてありがとう。気をつけてね』


「はいッス!また明日ッス、先輩!!」


ぶんぶんと手を振る赤也君に手を振り返す。


彼は犬みたいに人懐っこくて可愛い後輩だ。


途中、ブン太との仲についてしつこく聞いてきたり、色々デリカシーがなかったりするが、赤也君相手だとそれすらも可愛い要素の一つとなるから不思議だ。


所謂憎めない奴。


そういえば、赤也君の家は私の家より手間にあったらしいのだが、わざわざ送ってくれるという意外と紳士な一面もある。


ああ、紳士と言えば柳生君だっけ。


紳士という言葉はあの人のためにあると思えるほど紳士的であった。


私に急遽用意された物置にあったであろう椅子を自分の椅子と交換してくれ、更にハンカチまで敷いてくれた。


ハンカチを敷いた理由は、普段彼らがジャージのまま座ったりするから制服のスカートを汚さないためだそうだ。


真田君辺りも、堅物そうだが常識があっていい人だと思う。


幸村君や柳君は警戒心が強いが表面上現さないようにするタイプだから侮れない。


いい人だとは思うのだが、何にしろ私もああいうタイプなのでお互い腹の探り合いをしてしまうのだ。


他人とどこか一線を引いていて、仮面を被り本心を隠す。


それは仁王君も同じだが。


とにかく、私と同じようなタイプだからこそ注意するべき相手だろう。


ああいうタイプは意図的に深くまで踏み込んでくるから尚更だ。




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