見える者と見えない者


†Case21:見える者と見えない者




迷路を進んで行くと、空間が歪み始めた。


私はちらりと後ろを振り返る。


何故か嫌な予感がするのだ。


私の斜め後ろを歩いていた二人は、そんな私に首を傾げた。


『あ、やば…』


嫌な予感は的中し、二人の少し後ろの足元が崩れていっている。


しかも、穴の空いた所から下をよく見ると醜悪な顔をしたかなり大きな獣がいる。


落ちたら最期、喰われてしまうだろう。


二人は私の言葉に釣られて後ろを振り向いた。


「名字さんっ!やばいではなくかなりやばいのでは!?」


「名前、何か穴の中いるんだけど!?」


『…あー……。…走るよ』


難しく長ったらしい呪文を唱えて、足元が消えるのを遅くする。


しかし、どうやら呪文を間違えたようで足元が消える速さを進めてしまった。


「おまっ!呪文間違えただろ!?」


『えーと…、今のが速めるやつならその反対の言葉で大丈夫なはずだから……。―奇怪な現象には種がある、それを明かすことは正しい道を固める為なのである―』


そう言った瞬間、消えていた足元がもとに戻り出した。


どうやらまた呪文を間違えたらしいが、何とかなった。


小さく息を吐いた私は、念の為にまた足元が崩れないように本を見ながら魔法陣を描く。


『―――縛』


これで当分は安心だろう。


††††††††††


『足元が崩れることはもうないだろうから、当分は大丈夫かな。…だけど、今からは精神力が試される。いい、二人とも。絶対騙されちゃいけないよ?自分を、相手を信用して』


上からの気配に反応した私は、二人にそう告げる。


全く、次から次へと問題が出てくる。


「ハハッ。お前は俺に気付いていたようだな」


『ええ。足元を崩したのは貴方でしょう?穴の中の怪物の飼い主も。…全く嵌められちゃったわ。さっき、足元は実は崩れていなかった。一部しかね。少しでも疑えば、それは現実になる』


そう、あれは言うならば幻。


己の心が引き起こした…ね。


さて、嵌められたお返しをどうしようか。


ただコイツ……かなり霊力があるからキツイかな。


…とりあえず、出方を見るべきかな……。


私は右手で太ももに布でくくりつけている扇子を抜き取った。


それをばさっ、と広げ敵を見据える。


敵が口角を上げたのを、私は確認した。


††††††††††


二人を庇うように少し前に出る。


「―ほう、お前エクソシストか?その扇子、最強のエクソシストと呼ばれた“桜鬼”のものだろう」


私はその言葉に、ニヤリと口角を上げる。


霊力は私がほんの少し上。


だけど、敵さんには妖力まである。


妖怪を敵に回す日が来るなんて…、と自嘲に近い笑い声を出す。


冷や汗がたらりと頬を伝う。


互角に戦えるか微妙なところね。


『お母さんを知ってるのね。それなら話は早い。今なら殺さないでいてあげる』


一か八か、勝負に出る。


敵さんは、私の言葉を聞くとおかしそうに笑い出す。


「馬鹿が。お前がいくら“桜鬼”の娘だろうと、総合的に見れば俺の方が上だ。違うか?」


『さあ、どうかしらね』


「この身の程知らずが!思い知らせてやる!!」


ダッ、と走る妖怪。


私はニヤリと笑う。


シュンッ


「な、何!?消えた!?」


『ってりゃあぁああ!』


ゴス、といい音をたてて妖怪は足元に崩れる。


『―悪いわね』


私は逆上して私を殴ろうと近付いてきた妖怪の足元に瞬時にしゃがむと、扇子に霊力を注ぎ和傘にすると、それで思い切り妖怪の頭を殴った。


和傘を霊力で強化したため、かなり重い一撃となったことだろう。


††††††††††


ピクリとも動かなくなったそいつに、後ろの二人が唾を飲んだ。


「死んだ、のかよぃ?」


『――まだよ』


私は再び和傘を構える。


霊力の高いブン太は何かを感じ取ったようで、警戒を強めた。


「フ…フハッ!今のはちと痛かったな。だが俺には効かない」


自信満々にそう言い捨てた妖怪に、イラッとする。


知ってるっつの。


今のは―――したんだから。


別に今効かなくていいの。


「やはりお前じゃ俺を倒せねえ!」


『―…あら、そうかしら?』


「何ならやってみるか?――術」


何やらぶつぶつと呪文を唱え始める妖怪。


コイツも言葉を操るのか。


厄介だね。


言葉には……魂が宿る。


そして言葉は声を潰さない限り武器になり続ける。


全く厄介でしかない。


私はまだしも、ブン太と柳生君は大丈夫だろうか?


……ああ、厄介だ。




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