「先輩!先輩!なまえせんぱーい!!」
『っ、わ』


突然に背中に掛かった衝撃は切原くんによるものだった。抱きつかれた衝撃にびっくりこそしたもののそれがきちんと加減してくれていることを知っている。……切原くんの全力の抱きつきを受ければ軽く数メートルは吹っ飛んでしまうんじゃないかな。


「あ、痛かったっスか…?」


不安そうに覗き込んだ切原くんに『平気だよ』と返せばニカッといつもの笑顔を見せた。


『何かあったの?』
「あ、忘れてたっス!じゃんけんしましょ!」
『…え?』


まさかそんな言葉が飛んでくるとは思っていたなかった私は思わず聞き返してしまった。「じゃんけんっス、じゃんけん」と言い直した切原くんは依然ニコニコしたままだ。


『い、いきなりどうしたの…?』
「俺がじゃんけんに勝ったら名前で呼んで欲しいっス」
『名前?』


意気込み固くそう口にする切原くんは私にそう言い放った。つまり、私が負けたら"赤也"、と呼ばなければならないのだと。嫌な訳ではないけれど、…何となく恥ずかしい。


「先輩が勝ったら……俺、明日から寝坊せずに部活に来るっス!」


うーん、暫く考えた切原くんは結論を出した。今日も朝から真田くんの怒声を浴びていた切原くんの姿が浮かぶ。確かに遅刻しなくなるのは良いことだけれど……、これって私にメリットないんじゃ…?


「じゃーんけん」
『、!』


五本と二本。
ぽん、咄嗟に出した私の手は所謂"パー"を形作っていて。切原くんは"チョキ"。「よっしゃ!」とガッツポーズをした切原くんを視界に入れながらも本数の勝負だったら私の勝ちなのに、と本気で思ってしまった。


「先輩!」
『……』
「せんぱーい!」
『……』
「なまえ先輩!」
『……っ』


きらきらの瞳で見詰められる。こんな勝負に私が勝てる筈もなく。


『…赤也くん』
「はいっス!」


満足そうに、ニカッと笑う彼に私も思わず笑ってしまった。