「ほい、お疲れ様ぁ!」

「ホントにな。おかげでまた俺の連絡先が流失しちまったわけだ。」


適当にアドレスを交換してカラオケを切り上げ、俺達はコンビニを出た。渡された菓子の袋を受け取りつつ悪態をついた俺は、紅覇から見て相当機嫌が悪く見えたらしい。


「…ジュダル君元気無いね?あの子そんなにウザかったの?」

「ウザかったっつーか…まあいーや。」


YESっちゃYESだが、俺の気が滅入っている原因は、もっと他にある。


「……お前さ、シンドバッドが女連れてんの見たことある?」

「いきなり話変わったね?
んで何?その質問。答えはイエスだけどぉ。」


俺の質問に、紅覇は笑いながら答えた。
…あいつが女を連れているのは別段珍しいことじゃない。この俺が惚れるほどのイイ男だ、世の女が放っておくはずがないわけであって。
あいつもあいつで女に誘われれば喜んで付いて行くというか、来るもの拒まず(生徒は除く)去るもの追わずな性分らしく。生徒が街中で"シン先生と知らない女の人が歩いてるのを見た"ということは少なくない。
ただ、"恋人"となると話は別だ。


「そーいやあの人さぁ、ジャーファル先生と付き合ってるんじゃないかって噂だったけど。」

「ジャーファルだぁ!?」


紅覇の口から出たジャーファル先生とは、俺達の英語科の教師だ。確かに、授業は解りやすいし美形だし、女子にも人気があるけどよ!!


「あいつ男だろ!?」


衝撃を隠せない俺に対し、紅覇は「そーだよ?」と随分軽く言い放った。


「なぁんかシンドバッド先生がジャーファル先生を見る目って優しいっていうか他と違うだの、シン先生が帰りジャーファル先生を車で送ってるの見たぁ、だの。一時期女子が騒いでたぁ。」

「……。」

「ま〜、あの人なら分からなくもないかもねぇ。まあまあ美人だし?…でも、あくまでも噂だよ?うーわーさ。」








*








「お帰りなさい、ジュダル君。」


俺がただいまと言わずとも、リビングにいたアラジンはそう言って俺に笑いかけた。


「ご飯食べるでしょう?鞄置きなよ。」


立ち上がったアラジンは食器を取り出そうと、俺の横を通り過ぎて行った。


……ああ、駄目だ。

さっきの紅覇の言葉が、頭の中にずっと居座ってる。
刺すような強さではないものの、心臓をやんわりと握られているような痛みが離れない。


「……ジュダル君?」


は、と。名前を呼ぶ声に反応して振り向けば、数歩先でアラジンが立ち止まっていた。


「どうかしたの、ジュダル君?」


心配そうにこちらを見つめるアラジンの瞳に、一層俺の心臓は締め付けられた。


「っ、なんでだよ?」


やめろ。

やめてくれアラジン、こっち見んな。


海とか空とか、綺麗で純度の高い蒼を閉じ込めたような瞳。真っ直ぐに見つめられると、心の中を見透かされているような気がして、罪悪感でいっぱいになる。

ああ、ヤダ。

きらきらしてる、気持ち悪ぃ。

吐きそう。


「……悪い、俺風呂入るわ。飯、先食ってていいから。」


「え?……分かった。」


その視線から逃れるように、俺は自分の部屋の扉を閉めた。


「……。」


俺の調子が少しでも悪いと、すぐに見抜く。ほんの数分先に生まれたってだけで、兄貴面するあいつが苦手だった。


「……ただのウワサ、ねえ。」


だったらいいけどな。
呟いて、体をベッドに投げ出して、ついでに目も閉じた。
相手が女ならまだ良かった。女なら、俺だってまだマシな気分だったと思う。
しかもジャーファルとか…思い当たる節があるから嫌なんだよなぁ。

……あーあ、やだやだ。考えたくないのに、どうしても考えちまう。
風呂に入っても、このイガイガとした胸の中がすっきりすることはなかった。正直食欲も湧かない。なんだよ、俺は失恋した乙女かっつの。まあ強ち間違ってないような気もするけど…。


風呂から上がると、アラジンが俺の分の晩飯を用意してくれていた。
さっさと部屋に戻ってほしいという反面、無償で施されるソレが嬉しかった。


「……ジュダル君、やっぱり体調悪いの?」

「え?」


なかなか箸の進まない俺を見て、アラジンは首をかしげた。


「別に…何も変わんねえよ。」

「本当?」

「ほんとほんと。」


眉がハの字になってるのに気付いた俺は、アラジンが本気で心配していることを理解した。
元々嘘をつくような奴じゃないことは知ってるけど、本心から揺れているであろう蒼い瞳に、俺は安心感を感じていた。


心配、つまり不安。

俺の為に、こいつは心を揺らしている。俺には綺麗過ぎて届かない、あのきらきらとした青色が、俺だけを見てくれている。
家族だから、兄弟だから。たったそれだけの理由で、こいつは俺に無償の愛を注いでくれる。

それが当然であるという現実が、俺は嬉しくて仕方がないのだ。


しかし当然と思っているからこそ、俺はアラジンを邪魔だと感じてしまう瞬間がある。
アラジンは、他人の感情の変化や雰囲気を感じ取るのが得意だ。しかも、困っている奴がいたら放っておけないタイプの人間。簡単に言ってしまえば、反抗期の子供が親をウザがる感情とよく似てる。

ああ、今なんてまさにいい例だ。

これは俺の問題なんだから、お前は何も口出しすんじゃねーよ。

俺はさ、お前が家族も同然って考えてるあのおじさんが好きで好きでしょうがないんだぜ?そんで、しかもあいつにカレシがいんじゃねーかって噂に落ち込んでんだぞ!?


「…本当になんでもねえから…心配し過ぎなんだよお前は。大体、ちょっとやそっとじゃ人間死なねぇっての。」

「……ジュダル君がそう言うなら。」

「ん。」


アラジンは、それ以上何も言わなかった。



……なあ、俺がなんでこんな気持ちになってると思う?

聞けよ。
聞いて、引けばいい。馬鹿じゃないの?って、鼻で笑え。

お前は俺と違うんだから。


「……。」


なんて。お前がそういうこと出来ない奴だって、俺ちゃんと知ってんだけどな。








*








「おはよう、ジュダル君。」


昨日何があったとしても、俺がどんな状態だとしても。無情にも朝というものはやって来てしまうわけで。
煩い目覚ましを止めて二度寝をしたところ、結局はアラジンに起こされた。
高校なんて、行きたくないなら行かなくてもいいわけだが、生憎そんな軟弱な考えは持っちゃいない。

アラジンに心配されるのは好き、でもこいつに嘘をつくことは苦手で、嫌いだった。

嫌々ではあるが、何時も通りに過ごすことにする。

となると、当然あいつが迎えに来るわけで。


「はぁ……。」


うっわ顔見たくねぇ…。

別シンドバッドが何したってわけじゃない、あいつは何一つ悪くない。




*




車内はいつも、同じ煙草の匂いがする。
以前黙って拝借したことがあったけど、あんまし口に合わなかったことを覚えている。


「…うまいのかよ、ソレ。」

「煙草か?そりゃあお前うま……いや、不味い。不味いな、だから煙草はやめとけジュダル。教師としても、未成年の喫煙は許さんからな。」

「はあ?、別に吸いてぇとか思ってねえから。」


ただ、キスしたらやっぱ煙草の味すんのかな、とか。そう考えたことは何度もあったけど。


「……あのさ。」

「?」

「話あんだけど。今日何時に上がれんの?」



黙(だんま)り決めてれば、俺は、俺達は、普通のままでいられた。
あの日常が壊れることもなかった。アラジンの瞳の眩しさに、怯えることもなかった。
なのに、俺は自らそれを壊した。




勇気って、なんだよ。



もう、逃げられねえ。



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