「そうだジュダル、進路希望の用紙は出したか?」


アラジンを駅まで送った後、車中でシンドバッドにそんなことを聞かれた。


「あー、まだ書いてねえ。」

「まだ、って、今年から受験生だろ?」

「受験生つってもなぁ…とりあえず適当に進学って書くわ。…あ、でも公務員もいいかもな。試験もベンキョーって感じじゃねえんだろ??」

「ジュダル…あのなあ、お前公務員を勘違いしてないか?確かに安定した給料は貰えるかもしれないけどな、そんなに簡単なものじゃないぞ。」

「そーかよ。まあ、確かに公務員って柄じゃねーよなぁ。」


俺は欠伸をして足を組み直した。
まあ多分どっちにしろ、進学ってのはほぼ決まりかな。


…どうしても公務員、とは言わないが、俺はどちらかといえば就職希望だった。

なのに何故進学を選択するのかと言えば、高校が進学校である為に、公務員希望以外の就職希望は少数意見……というのは関係無しに、ただ、シンドバッドが内心俺に大学進学を望んでいることを、俺は知っていたからだ。

こいつが俺に望むことは、全て叶えてやりたいと考えていた。


「アラジンはどうするんだ?」

「大学行くってよ。」

「へえ、そうかそうか!」


あ、ほら、嬉しそう。


「何処の大学だ?」

「絶対名前聞いたことあるトコ。つか、それは本人に聞けよ。」

「はは、そうだな。そうするよ。」


煩いとまではいかなかったが、こいつは昔から、俺達によく勉強するよう言っていた。勿論、俺達の将来を思ってだ。
中学をあがったら働こうと思ってた俺に、高校に行くよう勧めたのもシンドバッドだった。


「じゃあ今から受験モードか?」

「そっからは毎年来てるから、指定校推薦狙うんだと。センターや一般狙ったら、バイトに差し支えるからな。」

「バイトか…アラジンもそうだが、お前もあまり無理はするなよ?」

「…分かってるよ。」


アラジンには内緒というか、本当にここだけの話なのだが。

俺はシンドバッドに金を借りている。
それも結構な額をだ。

両親がいないために国の援助も受けてはいるが、流石に学費から生活費まで全てなんとかる筈もなく。俺の分の学費や教材費なんかは、シンドバッドに出してもらっている状態だ。
財産管理っつーか、そういうことは俺がやってるから、アラジンはあまり金銭面については干渉して来ない。余計な心配をかけたくなかったし、それは俺にとって都合が良かった。


「でもよー、ホントなら今すぐにでも高校辞めて働きたいくらいなんだぜ?」

「それは笑えない冗談だな。」

「笑えよ、冗談なんだからさ。」


本当は返さなくてもいいと言われているけど、いつかは返したいと思っている。
俺はお前達の叔父さんだし、お前達は俺の弟みたいなもんだからな、だと。


「……駄目なんだよ、それじゃあ。」


弟じゃ嫌だ。


「?、ジュダル、何か言ったか?」

「いーや、何も。」


車を運転している男というのは、誰の目から見ても基本格好良いらしい。
俺もそれは事実だと思う。
だってほら、こいつこんなに格好良いし。

ハンドルを握る逞しい腕と整った横顔に、俺はこっそり見惚れていた。

ふざけたふりして触りたいとは思うけど、事故を起こす可能性もあるからそれは我慢する。


俺はシンドバッドと二人で車に乗っている、この時間が好きだった。

というか、シンドバッドが好きだった。

それこそアラジンにも誰にも言えない、俺だけの秘密。


歳も離れてるけど、

最早血縁者みたいな関係だけど、

そして何より男同士だけど。


簡単に言ってしまえば、恋愛対象。


俺はソウイウ意味で、この男が"好き"だった。






車が停まる。

なんだよもう着いちまったのか。


俺は小さくため息を吐いて、助手席を降りた。


「じゃあなジュダル、また授業でな。」


正直、自分でも異常だと思う。
異常っつーか、終わってる。






一応教員と一緒に登校しているので、教室に入るのは早い方だ。今日みたいに少し早い日なんかはほら、誰もいねえ。



……と思いきや、だ。



「ジュダル君おはよー。」


名前付きの挨拶に振り向けば、そこには目に痛いどピンクの髪が見えた。


「紅覇……はよ。」


返事を返してやったというのに、紅覇は不快そうに眉をひそめた。


「やだジュダル君、煙草吸った?」

「煙草ぉ?吸ってねえけど。」


もしかしたら、車内でシンドバッドの煙を被ったのかもしれない。長時間一緒にいて匂いが染み付いてるわけじゃないし、払けばとれるだろう。


「ならいーけど。一応僕自分の歴に傷はつけたくないから、ジュダル君も気をつけてよねぇ?」

「はいはい。」

「……ところでジュダル君さぁ、今日の放課後暇ぁ?」

「何で?」


ころりと表情と声音を変えて訊ねてきた紅覇に、俺は不信感を抱かずにはいられなかった。しかも理由を聞かずに頷いては、関わりたくない用事の際に断るのが面倒になる。

こいつ自体は悪い奴じゃないんだけど、性格が我が儘だからこーゆーのは尚更面倒くせぇんだよなぁ…。


「頼まれちゃったの。」


だから、何をだよ。


「四組の女の子達がね、ジュダル君と遊びたいんだってぇ。だから誘って来てって、頼まれたの。」

「はー…なるほど。」


ああ、やっぱくだらねぇ理由だった。
こいつ俺のバイトのシフト把握してっから、そーゆう理由じゃ断りづらいっつーか…教えるんじゃなかったな。


「断る気でしょ?」


そう言った紅覇はにこにことはしているが、目が全然笑っていなかった。


「いつもならジュダル君の気持ちを尊重するところなんだけどぉ、今回ばかりはそうはいかないんだよね。」

「な、何でだよ?…」


つまり拒否権は無えって言いたいのか。


「強いて言えば、僕の名字が練だから。」

「……。」

「いろいろあるんだよ、社会って難しーの。」

「分かった、大体察したよ。」

「やーんジュダル君ありがとぉ!!」


紅覇は半分ほどセーターに埋めた手のひらを口元で合わせ、女みたいに喜んだ。


「でも俺さぁ、金の有る無し関係無しに、気も無ぇ女に一銭も使いたくねぇんだけど。」

「ジュダル君狙いなんだから、ご機嫌取りはしてくるでしょ。
明兄の取引が済んじゃえばいい話だから、相手すんのは多分今回きりだから安心して?」

「はいはい。」


粗方話が終わったところで、一元目の予鈴が鳴り響いた。


授業中、横目で紅覇を視界に入れた。

紅覇は授業に飽きたのか、指先で前髪を弄っていた。

紅覇は高一からの付き合いで、数少ない俺の友人というやつだった。大企業の子息のくせに、なんか全然覇気が無いっつーか、緩い。

因みに確認してはいないが、さっきの話は恐らく相手の女がこいつの兄貴の取引先の娘とか妹とかで、ソレが円滑に進むようにしたいらしい。あくまで俺の予想だが、間違ってはいないはずだ。



何時も通りに授業を受けて昼飯を食って、また授業聞いて。


そんな風に過ごしてたらあっという間に放課後になった。




*




「きゃー紅覇君上手ぅ!!ね、リクエストしていーい?」

「あは!いーよ、何歌ってほしぃ?」


上記の会話で分かる通り、俺は紅覇が連れて来た女二人と四人でカラオケに来ていた。


『ジュダル君、今日はちゃんとご飯作って待ってるからね。』


ああ、そういやアラジンにそう言われたっけ。じゃあ早めに切り上げるか。


「ねぇ、ジュダル君今フリーなんだよね?」

「あー、まあ一応。」

「やったあ!じゃああたし彼女立候補しちゃお!!」

「マジで?嬉しー。」


隣に座った奴に肩に頭を置かれたので、その頭に擦り寄るように首を動かした。

口では嬉しいと言ったけど、所詮お互いの機嫌とりごっこだ、こんなもん。

時々紅覇が目で注意を促してくるから、小さな舌打ち一つもできない。



でもまあ俺も健全な男子というやつなので、女の身体に触るのは嫌いじゃない。

片想いな相手がアレなだけに、女に欲情できる点安心する。…ってのもなんかおかしな話だが。


「そういえばさぁ、ジュダル君ってシンドバッド先生とどういう関係なの?」

「!?」


突然の話題に、一瞬心臓が止まったかと思った。


「毎日シン先生の車で学校来てるよね?兄弟…じゃなさそうだしぃ、親戚とか?」

「あー、うん。そう、親戚…。」

「そーなんだぁ!そういえばね?ウチの友達がシン先生狙ってたんだけど、告白したら恋人いるって言われちゃったらしいんだぁ。」


は?

なんだよそれ!?

そりゃ確かに、年齢で言えば結婚しててもおかしくねえっつか、寧ろそろそろ身を固めろって歳だけど……。


「ね、シン先生の恋人ってどんな人?」


そんなの…知らねえよ。


顔から血の気が退いていくのが分かった。



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